罪のない中年おっさんを精神的な苦痛が襲う!(誰得なんだ)
「さ。どうぞ。あったまるよ」
「……馳走になる」
湖畔に広がる森の中。
たき火を囲んでいるのは三人の男女。すなわち女楽士、野伏、そして中年の男であった。
晩餐―――野伏にとっては朝食らしい―――は魚と野草だった。鍋でグラグラと煮られたそれが取り分けられた。食欲をそそる匂い。
それをぼんやりと眺めながら、男は考える。
目の前にいる、首と胴体が生き別れた女性。髪を結った生首は膝の上に抱えられていた。もう裸身ではなく、白い屍衣の上から鎧を着こみ、傍らには武装もおかれている。彼女は力ある魔法使いだと、たった今草小人の野伏から紹介を受けた。闇の種族と戦うために不死の怪物へと自らを転じたのだとも。
恐らく真実であろう。これでも人を見る目だけはあるつもりだった。彼女なら、己が今直面している問題を解決できるやもしれぬ。己に与えられた呪いを解くことが。
事情を話すことさえできるのであれば。
それは不可能だった。闇の者によって与えられた
なんとか抵抗しようとした。使命を果たすことは男の親しい人々や故郷に破滅をもたらすことと同義だったから、自らの命を断とうとしたのである。駄目だった。おかげでこの女性たちに出会えたのだから不幸中の幸いだったのかもしれないが。
しかし、それもここまでであろう。己が話さなくとも、彼女らは事情を推察してしまうやもしれぬ。そうなれば己は救われるであろうと予想できた。そう。予想できる以上、
隙を見て彼女らから逃げ出さなくてはならなくなった。
ぼんやりと男が考えていると、草小人が口を開いた。
「どうして、死にたいの?」
「……s!?」
思わず返答しようとした中年の男。
彼を襲うのは、激痛。それも精神的な。いや、激痛などという言葉で表現できるような代物ではなかった。これなら舌を引き抜かれる方が何千倍もマシだ。
答えようとした罰であった。
「ちょ、いいから!答えなくていいから!?」
器を取り落とし、地面でのたうち回る男を介抱する野伏。
やがて男は落ち着きを取り戻した。答えることをあきらめたから。
「答えられないんだね?」
野伏の質問に男は首肯。
「困ってるんだね?」
これには、男は返答しなかった。だが態度で察したのであろう。野伏も、そして首のない―――この表現が正しいのか疑問だが―――魔法使いも。
次に口を開いたのは魔法使いだった。ただし、彼女は質問を口にしたのではない。
ゆっくりと、柔らかな歌声が響きだした。落ち着きのあるそれはどこか安心できて、眠気を誘うもの。
彼女はひょっとして自分を勇気づけようとしてくれているのだろうか。そんなことを思いながら、たちまちのうちに男は眠りへと誘われた。
◇
「魔法?」
「…ぁ……ぅ……」
安らかな寝息を立て始めた男を地面に寝かしてやりながら、野伏は問いを発した。女楽士は肯定。
聞いた者全てを眠りへと誘う魔法の
女楽士は、状況からして男の発言一切を無視して調べる必要があると判断したのだった。何故ならば彼は本心を語れないはず。
「あー。で、結局このおっちゃん、どういう状況なんだと思う?」
「……ぉ…ぅ……ぁ……」
「そっかー」
女楽士の知識では、男に何らかの呪いがかけられているのは推測できた。判断するための材料は少ないが、意に反する行為を強制する類のものであろう。でなければ自害しようなどと思うはずがない。事情を話そうとして苦痛に見舞われた以上、任務放棄になるようなあらゆる行為が苦痛を引き起こす可能性は高かった。すなわち仮に誰かに救われそうになれば、それを拒否する必要が彼にはあるのだ。女楽士たちが男を救おうとした途端逃げ出すかもしれぬ。
ここまでかかわった以上は放っておくわけにもいかない。女楽士は、どのような呪いかを検分すべく男の魂魄を掴みだした。相手の頭に手を当て、中身だけを引っ張り出したのである。
肉体から出てきた男の霊を見て、女楽士はギョっとした。
「―――!?」
彼の魂魄に絡みついていたのは、恐ろしく強力で邪悪な呪詛の類。女楽士でもすぐにはどうこうできない威力の。
これを解除するには、きわめて強力な魔法使いあるいは神官の力が必要だった。あるいは何らかの方法で霊力を高め、一気に呪いを打ち破るか。
大きな神殿に連れて行き、そこの神官総出で儀式をしてもらえれば破れないことはないとは思うが。あるいは、地脈の強い土地で女楽士自身が時間をかけて術を執り行うか。
「……ぁ…」
「うわ。そこまで大変なの?でも見捨てるわけにもいかないでしょ」
「…ぅ……」
結論が出ると、ふたりは今後の方針を話し合った。
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