首ナイフ問題(筆者は「HPは被害を軽減しうる能力」派です)

闇に包まれた世界だった。

石造りの建造物。どこかの城か。あるいは地下深くであろうか。

その世界の中心に佇むのは、異様な姿をした者であった。

髑髏をかたどった兜で頭部をすっぽりと隠し、マントは全身を覆い、腰には剣を帯びている。

骸骨。そうとも見えるは、配下の者達から畏怖を込めてこう呼ばれている。

骸骨王と。

彼は、傍に置かれた台を注視していた。正確にはそこに置かれた水晶球をじっと見つめていたのである。

水晶に映し出されていたのは、こことは違う森の中の風景。魔法の力によって、離れた場所の様子を探っているのだ。

遠見の水晶と呼ばれる魔法の品である。

今、彼が監視している場所では興味深いことが起きていた。中年の男が、子供のように小柄な者によって縛られているのである。他に不死の怪物らしい首のない女の姿。

ここしばらく自分を追跡している二人組は草小人と不死の怪物だ、と骸骨王は知っていた。顔までは知らなかったが、まさかそんな珍妙な組み合わせが二つもあるということはなかろう。厄介な。

男をする必要があった。

骸骨の姿をした者はしばし黙考。やがて結論を出すと、行動を起こすべくその場を後にした。


  ◇


リズミカルな振動で、中年の男は目を覚ました。

周囲は暗い。夜の森のようだが一体何が。

動こうとして彼はギョッとした。手はしっかりと縛られ、口には猿轡がかまされていたからである。どころか、彼を背負っていたもの。

それは、骨で出来た巨大な熊だった。不死の怪物であろう。振動もこやつのせいか。

「あ。おっちゃん起きた?ごめんね。それしか思いつかなくて」

しているのは野伏。彼女の口調で、男は先ほど何があったかを思い出した。

ということは、彼女らは己の状況を察して、拘束してくれた、ということか!

望みうる限りで二番目に良い―――最良なのはもちろん呪いが解かれることに決まっている―――展開に、男は安堵しようとして、心にチクリ、と痛み。どうやらとならぬためには、この状況から自力で逃げ出す算段をせねばならぬようである。

だが大丈夫であろう。幸いなことに、男には力ある魔法使いから逃れられるほどの能力がなかった。使命を果たすために最善を尽くそうとも脱出は不可能のはず。

「今、最寄りの街に向かってる。神殿で呪詛を解いてもらうの」

その言葉に一抹の不安。何故ならば、最寄りと言えば湖畔の街である。男の使命もその場所で果たされるもの。

周囲を観察する。

自分と並進しているのは野伏だけではない。様々な種類の骨でできた獣が、歩調を合わせて歩いているのだ。その数は十近い。

そして、そいつらを支配しているのであろう、鎧を身にまとった小柄な女性。首の断面を晒している彼女は、自身の頭部を小脇に抱えていた。左右の腰にぶら下げているのは小剣と骨でできた手斧。

恐るべき魔力である。これほどの不死の怪物を従えているとは。

だがそれは言い換えれば、彼女でも呪いを解くことはできなかったということ。

己に使命クエストを与えた闇の者の強大さが伺い知れようというものだった。

だが今は、彼女たちに賭けるしかないのだ。己の全てを。


  ◇


陽光が差し込む森の中。

大きな木の下で、野伏はフクロウを抱き、毛皮にくるまっていた。隣には縛られた男も一緒である。眠りに就いているのだった。

近くでは骨の獣が一頭だけ座り込んでいる。歩哨である。は交代で主人たちを守っているのだ。

他の獣たちは野伏らを取り囲むようにされている。地面の下で眠りに就いているのだった。女楽士も武装したまま土の下で寝ている。

一度男は逃げ出そうとしたが、歩哨に阻止されて以降はおとなしい。命令を強制する類の呪いは、命令を遂行するための能力までは与えてくれないのである。

このままであれば後数日で目的地にたどり着く。きっと大丈夫であろう。

間違いだった。


  ◇


骸骨王の忠実な僕にして闇の勢力に与する邪悪な怪物の一体は、眼前の獣を観察していた。歩哨に立っている骨の熊を。彼からすれば相手ははるかに大柄である。まともにやり合えばたちまち殺されてしまうだろう。だが問題ない。彼の体に書き込まれた経文は、死者に発見されることを防いでくれる。

とはいえ敵には生者もいる。これ以上接近すれば音で気付かれよう。

だから彼は、精霊へ祈願した。手を振り、を広げつつ謳ったのである。

彼の願いは無事に聞き届けられ、周辺の音一切が封じられた。

安心した彼は主人より与えられていた札を取り出し、歩哨の熊へ接近。額へぺたり、と張り付ける。

熊がピクリとも動かなくなったのを確認すると、彼は与えられた仕事に取り掛かった。


  ◇


中年の男は、何かゴソゴソと動く感触で目を覚ました。

森の中。まだ日が高い。

何事かと思って足元を見た彼は、叫ぼうとした。

猿轡の上からでもうなり声くらいは出るはずが全く音がしない。いや、それどころか風に揺れる木々のざわめきはどうだ。小鳥のさえずりはどうだ。音の一切が消え去っている!

驚愕している彼の脚の間。そこで縄を切ろうと悪戦苦闘しているのは、暗褐色の小さな人型生物。全身に経文を描かれ、一メートルの野伏の半分ほどしかないそいつは醜悪な顔立ちにコウモリの翼を備えていた。

悪戯妖精グレムリン。人間並みの知能と魔法の技を備えた厄介な怪物であった。

そいつはニヤリと笑うと、男へ静かにするよう身振りで示す。

それで、ようやく男は状況を理解した。こいつは男をに来たのだ!

歩哨の獣は一体、と見回してみると、額に何やら札が張り付けられている。無力化されたのは明らかだった。

隣で眠っている野伏に知らせることは出来ない。使命クエストの呪いは今も彼を圧迫しているから。

呆然としている間にも悪戯妖精は縄を切り終え、男は自由の身となった。

なってしまった。

この期に及んでも野伏は起きる様子がない。地面の下にいる他の獣たちや魔法使いも。気付いていないのだ。音が全くしないせいで。

一仕事終えた悪戯妖精は次の仕事に取りかかった。腰に帯びた剣を男に誇示したのである。

意図を掴めぬ男に対して次に指し示されたのは、野伏。

ようやく男は悪戯妖精の意図を悟った。使命遂行の邪魔となる野伏を殺せと言うのだ。

理解した以上、殺さなくてはならぬ。

拒絶の心はたちまち屈服した。震える手で、悪戯妖精の剣―――人間からすれば短剣だった―――を引き抜く。

細身の刃は、真っ黒に濡れていた。

明かな、毒。

野伏へと振り返った彼は、目を覚ましてくれと必死に願いながら、刃を構えた。

されど願いは届かぬ。

毒刃は、野伏の喉へと狙い過たずに突き刺さった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る