昼間のうちにたどり着けば何とかなると思った?(そうは問屋が卸さない)

陽光が照り付ける中。

地の底に潜んでなお、亡霊スペクターたちは苛まれ続けていた。苦痛。恐怖。孤独。不安。寒さ。そういった負の感情をかき立てる邪悪なる音色によって、死後の安寧を妨げられていたのである。眠ることが許されぬのだ。

音楽とは魔法である。力ある旋律は死者すら目覚めさせるのだ。だから、全ての元凶たる音色が取り除かれる日まで、死者たちが再び安寧の眠りに就くことはない。

彼らはただ、願っていた。安らかな眠りに戻れる日を。


  ◇


葬儀には様々な形態がある。されど、死者を悼む気持ちが葬儀を行わせることには変わりない。太陽神や火神の信徒であれば火葬にするし、水神ならば水葬、風神ならば風葬が一般的である。

この村では土葬だった。山を越えた先にある墓地へ、死者を埋葬するのである。

今、墓地へ向かう小さな人影があった。

野伏である。

身を案じる村人たちに「大丈夫、様子を見てくるだけだから」と言い切り出てきたのだ。実際彼女は全く心配していなかった。楽天的というのもあるが、それ以上に仲間の女楽士は死にぞこないアンデッドのスペシャリストである。それも多勢を相手にするのに特化した。

しばし山道を進んだ野伏は、前方に知った姿があるのを認めた。

骨の獣たちを従えた女楽士。骨のボアに腰掛け、小脇に生首を抱えた彼女は手を振っている。曇りとはいえ陽光を浴びて参っているはずだが、少なくとも動作からはそんな様子は見て取れない。

「お待たせ」

「ぉ……」

合流したふたりと獣たちは速やかに移動を始めた。野伏も骨の獣の背に掴まったのである。昼間だというのに獣たちの動きは恐ろしく俊敏だった。剛力なのに加えてされた成果である。肉がない分恐ろしく軽い。

山越えを果たし、墓地にたどり着くまであっという間だった。


  ◇


「……ぁ……」

「参ったねえ」

を調べていたのは女楽士たち。

墓地は特に荒らされた様子がなかった。特に葬り方がまずいというわけでもない。陽光が降り注ぐよう、村から山ひとつ向こう側にある斜面。ごくありふれた墓地。

ただ、骨の獣たちだけは何やら落ち着かない様子ではあったが。

ひとまず死者の霊を慰めようと、女楽士が立ち上がった。

小脇に首を抱えた彼女は、霊の口を持って歌い始める。それは魂を震わせる音色。ゆったりとした、深みのある荘厳な調べが墓地に響いた。

鎮魂歌レクイエム

ひとの持つ根源的な畏怖を揺り動かし、感動と安らぎを与える力ある魔法。女楽士が修めている魔法体系にある、多種多様な鎮魂歌のひとつであった。

大地が清められていく。

このような、自然の秩序を犯すことがない善なる魔法は陽光によって減衰しない。死者に安寧を与える魔力は最大限に発揮される。

そのはずだった。

訪れた破局の名は

野伏だけではない。女楽士ですら気づかなかった。その空間に前から響き渡っていたのは、肉持つ者には聞き取れない、ごくかすかな音色であったから。

肉を持たぬ者たちだけが、その音を聞き取れた。奇しくも女楽士の歌声と酷似した、しかし全く逆の効果を備えるように意図的に音階を外した音を。

限りなく近い二つの音楽は重なり合い、されどかすかな差異からずれてく。それによって生じた不協和音は、地面の下で悶々としている死者たちの魂を打ち据えた。


―――GYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?


墓地の地下より響き渡ったのは、無数の悲鳴。

かと思えば、次々と霊が地面から飛び出してくるではないか!

曇っているとはいえまだ昼間だというのに、出現した亡霊スペクターたちは焼かれていない。彼らは悪しき存在ではなかった。ただ苦しんでいるだけなのだ。

―――そんな。どうして!?

驚愕のあまり鎮魂歌レクイエムを中断した女楽士。されど、一度飛び出した亡霊スペクターたちが退く様子はない。

女楽士と野伏は、空を旋回している数十の死者を見上げていた。

鎮魂歌レクイエムは失敗した。あの数の亡霊スペクターたちが一斉に襲い掛かってくればいかな女楽士と言えども無事ではすまぬ。

―――どうすればいい?どうすれば彼らを鎮めることができる!?

分からない。分からぬままの女楽士たちへ、亡霊スペクターたちは襲い掛かった。

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