お化けは怖い(こわいだけで済まない)

大陸に置いて、神殿がない小さな村落は珍しくない。神官が必要な用事は巡回してくるのを待つか、あるいは火急の用であれば村人がはるばる山を越えて呼びに行くのである。ただしたいていの場合かなりの距離があり、すぐというわけにはいかぬ。

今、野伏が訪れた村もそうだった。


  ◇


「う……こういうの苦手だなぁ」

村の様子に出た野伏の言葉。それにホォ、答えたのは彼女の肩に乗るフクロウである。女楽士の使い魔だった。魔法使いは使い魔の五感を借り受けることができるそうで、使い魔を通じてこちらを確認しているのである。逆に向こうから使い魔を通じて連絡をすることも可能であった。人里にいる限り、このフクロウが野伏と女楽士を結ぶ橋渡し役である。

周囲は異様な雰囲気に包まれていた。朝だというのに仕事に出ようという村人もいないし、にもかかわらず石造りで頑丈そうな家々からの視線は野伏を舐めまわすように観察している。

そして怯え。

村を覆い尽くしているのは恐怖の感情である。草小人は恐怖と疎遠であるからいまいちピンとこない。直接的な脅威から逃れられないのが明らかな状況―――例えば家の天井から巨鬼オーガァがこんにちはしているような―――ならいざ知らず。

草小人はすばしっこく隠れるのが得意で、かつ敵対的な魔法が大変効きにくい。抵抗レジストの魔法に関して天性の素質があるのだ。加えて恐怖に鈍感である。冷静に危険を回避できた。人の類の中でも生存能力は最高水準と言えよう。

「何に怯えてるんだろう」

不思議である。闇の種族の襲撃にでもあったのだろうか。その割には戦闘の痕跡が見られないが。

野伏は適当な家を見繕って扉を叩いた。こんこん、と。

「あー。誰かいらっしゃいます?旅の者なんですけど」

扉を開いて出てきたのは、槍を手にした男だった。

警戒されてるなー、などと思いつつ男を見上げる野伏。

「……お前、本当に生きたひとか?どうやって村に入って来た」

「はい?」

男の言葉に野伏は一瞬ギョッとした。仲間のことがばれたのだろうか、と思ったのだ。だが女楽士はそもそもここにはいない。村の外で待機中である。何かあればすぐに駆け付けてくれるであろう。

「やだなあもう。死んでたらおひさまの下歩けませんって」

「……触らせろ」

野伏は素直に言うことを聞いた。フードを降ろし、頬を差し出したのである。

男はそれにしばし触れ、やっと安心したか。急に肩の力を抜いた。そして彼は武器を降ろすと、叫んだ。

「おおい!こいつは生きてる。大丈夫だ!!」

その声で、村の警戒心が一気に緩んだ。

一方野伏は置いてけぼりである。訳が分からず、フクロウ≒女楽士と顔を見合わせる。

「すまん。みんな気が立っててな。

それにしてもよくもまあ無事で、山を越えて来なさった。さあ、入ってくれ。大したものは出せないが」

野伏は素直に好意に甘えた。事情を聞かないことには今後どうするかも決められなかったから。


  ◇


「死者がな……還ってくるんだよ」

野伏が招かれた家は小さな石造りの平屋だった。男は家主らしい。狩人で生計を立てているとか。

椅子に腰かけた野伏に対して白湯を出すと、狩人の男はおもむろに語り始めた。

発端は数日前の夜。

村の家々の扉がノックされたという。狩人の家も。

扉を開いた村人たちが見たのは、親族だった。

祖父。母。兄。息子。妹。

帰って来た家族たちは、生きていなかった。とっくの昔に墓地へ埋葬したはずの人々だったのである。

不死の怪物。肉体を持たず、霊だけで彷徨う亡霊スペクターだった。

彼らは凍えていた。肉の暖かさを求めていたのである。故に、家族の肉体へと。肉体を奪おうとして殺到したのだ。

たちまちのうちに幾人もの村人が憑り殺された。家々に護符の備えがなければその時点で全滅していただろう。

それでも、最初の夜はその程度で済んだ。

二日目にはより深刻な事態となった。亡霊の数が増えていたのである。憑り殺された者たちも亡者の列に加わったのだ。村人たちはささやかな儀式を行い、精一杯の結界を張っていた。それらは一定の効果を発揮こそしたが、しかし亡霊たちの攻勢によって運の悪い家が犠牲となった。所詮は村人が張った結界である。魔法使いや神官たちが執り行う儀式とは比べるべくもない。

このままでは全滅は時間の問題である。すぐさま近隣にある地母神の神殿まで救援を呼びに行くことになった。

されど、神殿まで一昼夜以上かかる。昼は陽光の加護があるからよい。だが夜になれば、どこからともなく亡霊たちが集まってくるのだ。救援を呼びに行った者たちはたちまちのうちに死に、一人の若者だけが這う這うの体で帰って来た。

そんな状況で、野伏たちはこの村にたどり着いたのである。


  ◇


村にほど近い森の中。

フクロウを通じて狩人の話を聞いていた女楽士は眉をひそめた。

彼女らの旅の目的は闇の勢力への復讐である。

されど。

女楽士の魔法はそもそも死者の霊を鎮めるためのものだった。不死の呪いを自らにかけたり魔法の歌で闇の種族と渡り合うのはあくまでも余技である。死者と向き合う使命を彼女は負っていたのだ。

悩んだのは一瞬。

女楽士は、村を救うことを決意すると、野伏へと伝えた。大切な仲間へと。

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