第四話 死霊の村
ねましょう(ねてます)
小雨が降り注いでいた。
星の光は遮られ、夜闇が一層深い。雨音は彷徨える亡者どもの足音を覆い隠し、雨滴が運ぶ冷気は人々を凍えさせた。
そこは小さな村。立ち並ぶ家々は石造りの平屋が多い。居住区を斜めに横断する用水路は生活用水の取水のためであろう。街路樹の柳は住民たちが籠などの材料にするために植えたと推測できた。
このような夜には住民たちも家の扉に結界を設け、震えながら過ごす。訪れた悪霊どもに憑り殺されぬように。
そう。
今、村を練り歩いているのは亡霊の行軍であった。多勢のそいつらはおぼろげで、何より影がない。実体を持たぬ怨霊の類なのだった。
死してなお苦しみ続ける彼らは生者を襲う。暖かい肉体を求めて。寒さに震え、救いを求めて生命ある者に殺到するのである。
今宵もまた。
民家のひとつで絶叫が上がった。なんということはない、ごく平凡な農夫の一家。何をしたというわけでもない。ただ運が悪かっただけの彼らの家に、悪霊どもが押し入ったのである。一時の暖かさを求めて。
たちまちのうちに憑り殺された一家は、怨霊どもの仲間入りをすることとなった。救われることのない、永劫に彷徨い続ける運命を強制されたのである。
恐怖は、夜が明けるまで続いた。
◇
「やになっちゃうね、これは……」
「…ぁ……」
夜の帳に覆い隠された世界。陽光が差し込む昼日中ならまだしも、闇に支配された森の中は魔境である。されど、そんな領域を恐れることなく過ごしているもの達がいる。
大きな岩の陰で雨宿りしているのは女楽士の生首を抱えた野伏。その周囲には女楽士の胴体と、何体もの骨の獣たちがいる。残念ながら岩陰は二人は入れるほどの広さがない。
彼女らは夜に旅を続けていたが、雨が降り始めたために退避してきたのである。女楽士や獣たちは死者だから平気だが、野伏は生身。こんな場所で風邪を引いたら死んでしまう。
野伏は毛皮を羽織り、フードを被った上でありったけの布にくるまっていた。女楽士の使い魔であるフクロウも一緒である。地面も岩肌だから冷え込んでいた。
「あー……もし私が凍え死んでも生き返らせるのはやめてね?」
「……ぉ……」
「分かってる。冗談だってば」
「…ぅ……」
「あー。しかしついてないなあ。もうちょっと行けば村があるのに」
予定では村で物資を補充し、山越えをするはずだったのだが。
この様子では雨で地盤が緩んでいるであろう。山道は危険なはずである。村にたどり着いたとしても、しばらくは行動できないかもしれぬ。
どちらにせよ今宵は野営するしかあるまい。
ひと眠りするか、と野伏が横になった時だった。
異様な霊気が立ち込めたのは。
「―――!?」
獣たちが警戒し、歯を鳴らす。この忠実な怪物たちは自発的な意志を持つ。自ら女楽士に仕えているのである。
彼らの視線の先にいたもの。それは―――
「……ひと?」
「……ぁ……」
雨の向こう、山の斜面を歩くのは、たくさんの人々。彼らは透けているようにも見えた。こちらに気付く様子はない。
彼らはやがて姿を消していく。
それをふたりは、呆然と見ていた。
「……今のは一体」
「ぅ……」
女楽士にも分からなかった。死者の霊。その群衆が歩いて行った、という事しか。
やがて、周囲が明るくなった。雨雲に覆い隠されつつも、太陽が昇ったのである。
雨が止んだ頃、ふたりは動き出した。
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