第三話 必中の矢
風邪をひきました(作者が)
草小人という名の由来には諸説ある。
身長がある種の草と近しいからだとも。草をベッドに星空を屋根として眠るからだとも。二本の足が生えた草―――根無し草だからとも。
女楽士は三番目の説を支持していた。彼らはまさしく風に流されるまま揺れる草である。だがそれだけではない。優れた戦士であり狩人でもあるのが草小人であった。
そして、射撃の名手。
女楽士と野伏が潜んでいるのは険しい山中にある崖。そこは周囲よりわずかに掘り下げられ、一見外部から見つかりにくいようになっていた。臨時のシェルターなのである。
姿を隠す必要があるのだ。
二人の視線の先に広がるのは森林。そして石造りの堅固な城砦だった。
シェルターに据え付けられているのは、巨大な
弦は既に引き絞られ、専用の矢―――
射手は、野伏。
ふたりは待っていた。敵将を討つ機会を。
前方の城砦はひと月あまり前、女楽士が処刑された場所。二人は女楽士の敵討ちに来たのである。
暇を持て余したか、野伏がしゃべりだした。女楽士は肉声を出せぬから、唇を動かして返答する。
「出てこないねえ」
「……ぅ……」
この場所で待ち始めてもう三日。敵将は暗黒神の神官である。闇の強い晩には、開けた場所。それも天に近い所から暗黒神への祈りを捧げるはずなのだが。そう。城壁の上に。
そろそろ新月。闇が強くなる時期だった。
「前から気になってたんだけどさ。その体どういう感じなの?」
「………ぁ…」
「いや頭はこっちにあるのに胴体の方からも見えてるんでしょ?なんというか不思議でさあ」
「…ぅ……」
「あ!じゃあ胴体の方の目を私の体の中に突っ込んだらどうなるの?」
「ぉ……?」
「分からないならやってみようよ」
女楽士の首は胴体と生き別れているが、霊は胴体に宿っている。五体満足なのである。その霊的な視覚を用いて胴体は物を見ていた。つまり胴体側の首は物体をすり抜けることができるのだ。
妙な事を考えるものだ、と女楽士は苦笑。胴体、首の断面を仲間に近づける。視界が野伏の体の中に潜り込んだ。
何も見えない。真っ暗であった。
頭を引き抜くと視界が元に戻る。
「ね。私の中身ってどう?」
「……ぁ…」
「そっかー。真っ暗なんだ」
光源がないからであろうか。謎であった。
そうこうしているうちに夜も更け、深夜に。
城砦に動きがあった。
身構える両名。表情を引き締めた彼女らは、三組の目で城壁の上をじっと注視していた。
◇
暗黒神の神官は、ゆっくりと階段を昇っていた。
今宵は月明かりが弱い。星々の間隙に潜む暗黒の力も一層強くなるであろう。神はあらゆる場所におられる。物陰に。光差さぬ地下に。井戸の底に。
されど、最も奥深いのは星々の間隙に潜む闇である。星神の力でも照らし出せぬその領域こそが、最も神の強壮さを誇示していると闇の種族は見なしていた。故に今宵は、神に祈りを捧げるのによい時節である。
彼はフード付きのマントを羽織っていた。闇色のマントを。外は寒い。それ以上に、己の内を闇で包むことで神に近づくという目的もあった。
やがて彼は、城壁の上へとたどり着く。
警備は万全だ。狙撃を警戒して矢避けの魔法もかけた。
常であればここまではしない。されど不安材料があった。
ひと月あまり前、城砦に侵入者があったのだ。処刑した魔法使いの死体を盗まれたのである。屍は徹底的に辱めるよう命じていた。
力ある魔法使いだった。捕らえることができたのは神のご加護故とか言いようがない。自らに不死の魔法をかけて復讐しに来るという可能性すら考えられた。
さっさと死体を処分しておくべきだったかと後悔したが後の祭りである。
だから本来であれば、城壁の上に上がるなど不用心とそしられても仕方なかろう。されど彼は神官であった。神への信仰心は篤い。
両腕を広げ、彼は空を見上げた。そこに潜む暗黒へと祈りを捧げたのである。
その胸板を、骨で出来た矢が貫いた。
◇
野伏は、放った
にわかに慌ただしくなる城砦。役目を終えた野伏の隣では女楽士の胴体が立ち上がった。その周囲では土が盛り上がり、中から何匹もの骨の獣が這い出して来る。
ここからは女楽士の時間だった。
死者にとって最大の脅威である神官は消えた。あの城塞はまもなく陥落するであろう。首のない女楽士とその軍勢の手によって。
生首を抱えた野伏が頷いてくるのに手を上げて応えると、女楽士は崖を駆けおりた。
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