第二話 さくやは おたのしみ でしたね

回復魔法があれば重傷を負ったときも安心です(どんな重傷負わせてもなんとかなるからな)

音楽は感動を呼び起こす。

陽気な音楽を聞けば自然と明るい気分になるし、悲しい曲は聞くものの感情をも沈みこませる。音楽とは魔法なのだ。それも、魂に強く働きかける力を持った。

この魔力を術に取り込む人々がいる。

方法はさまざまである。地域によって楽器や音楽へのアプローチは違う。音楽を奏でる者の数だけ魔法があると言っても過言ではない。

女楽士たちが用いる魔法も、その類だった。


  ◇


暗闇の中。ただ、音楽だけがあった。美しい歌声。魂に直接響くそれは、聴く者の心を落ち着かせ、肉体の生命力を賦活する魔力を秘めている。

癒しの魔法であった。

神々の加護ほどの威力はない。傷はゆっくりと癒える。自然治癒と比較すれば驚異的な速度だとはいえ。

代わりにそれは、聴く者全てに対して効果を発揮する。傷を受けた多数を同時に癒すことができるのだ。

暖かな歌声の中、野伏は意識を取り戻した。

「……ここは」

起き上がろうとして、腹部に違和感。矢で背中から貫かれたと思っていたが、ひきつる程度でさほど痛みもない。傷口には葉っぱが貼り付けられていた。すり潰した薬草の上から貼ったのであろう。治療されていたのである。

己は助かったのか。

起き上がった野伏は、自分の足元に座っていた少女に気が付いた。

黒塗りの薄片鎧を脱いだ身を包んでいるのは白い屍衣。魂に響く歌声を上げている彼女にはしかし、首がない。

女楽士だった。

癒しの歌を中断した彼女は、膝の上に置いていた生首を差し出した。

その唇が、ゆっくりと動く。

「……ぉ…」

「ごめん。心配かけた」

仲間に詫びた野伏は、あたりを見回した。どうやら屋内。草小人たちの宿屋兼酒場か。かなり広いが窓は閉められ採光は最小限である。時刻は昼間。隅にはテーブルや椅子が追いやられていた。

そして周囲。床に敷かれた敷物の上には草小人たちが何名も寝かされている。

いずれも治療の痕があるが、負傷はそれほどではない。癒えたのである。女楽士の魔法によって。

そこまで観察した野伏は、状況を理解した。村人たちは女楽士を受け容れたのだろう。治療を任せているとは驚いたが。まあ命の恩人に石礫で返礼をするのは草小人の流儀ではない。

「どれくらい寝てた?」

「…ぁ……」

「そうか。まだ一日経ってないか」

「……ぉ……」

「分かった。奴らは全部やっつけたか。ありがとう。じゃあ安心だ」

一通り、女楽士から説明を受けた野伏。ようやく余裕ができたことを理解した彼女は、だから言いたいこと。いや、女楽士と再会したら言おうと思っていたことを矢継ぎ早に口に出した。

「……何だよ勝手に一人で死んで!どんだけ心配したと思ってるの!?生き返れるから問題ない?そんなわけあるか!自分の格好見ろよ!それでどうやって人前に出るの。棺桶に収めるとき、ちょびっと腐ってたよ!今は綺麗になってるけどさ!腐ったまま生き返ったらどうしよう。いや、生き返らなかったらどうしようって心配してたんだよ!?ねえわかる!?」

「…ぁ……ぉ……」

「死体を盗みに行くときも間に合わなかったらどうしようってずっと思ってた!闇の魔法で歩く死体リビングデッドにでもされてたらって!怖いよ無茶苦茶!それに、体を!体を、あいつらに、りょ、凌辱……うっ…うっ……」

泣き崩れる野伏。楽天的な草小人がここまで追い詰められるとは、それだけで大事件である。

あたふたとする女楽士。彼女は首を床に置くと、仲間を柔らかく抱きしめた。

驚くほどのその冷たさに、野伏はびっくりする。

「……本当に死んじゃったんだね……」

「……ぁ……」

「分かってる。

なんとしてでも、敵を倒さなくちゃ」

暗い室内。二人はしばらく、その体勢のままでいた。

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