対不死攻撃ができるモンスターからするとデュラハンはただのおねーさんです(数の暴力)

「ね、ねえ……これまずくない?」

野伏の問いに、女楽士は応えることができなかった。上空を旋回する亡霊スペクターたちに圧倒されていたからである。

女楽士が必要な行動を即座に起こせたのは、ほとんど条件反射のようなものだった。魔法の小剣を抜き放ち、骨の獣たちに自分と野伏を守るよう命じたのだ。

無駄だった。

亡者たちは、この場にある。すなわち女楽士と野伏のみを狙い撃ちとしたのである。獣たちには肉がない故であろう。そして彼らが陣形を組もうとも、上空からの攻撃に対してはなすすべがない。

数の暴威には抗えなかった。多数の亡霊が殺到し、女楽士の霊を打ち据える。肉体を直接殴打されたかのように跪く女楽士。

それでも彼女にはまだ身を守るものがあった。黄金色に輝く小剣は、持てる魔力を最大に発揮したのだ。薄片鎧も。

問題は野伏だった。

この小柄な草小人へと殺到した亡霊たちは、肉体へと入り込もうとした。寒さに震える彼らは避難場所を求めていたからである。

たちまちのうちに十数という霊に憑かれる野伏。

女楽士は、そんな仲間へと手を伸ばした。


  ◇


―――ああ。寒い。辛い。苦しい。痛い。

野伏は、己のものではない思考が浮かんでは消えていくことに気が付いた。流れ込んで来るのだ。

となればこれは、憑いてきた亡霊たちの想念なのだろう。恐ろしく冷たい何かが無数に入り込んで来る感覚。

されど。

この期に及んでも野伏は危機感をさほど抱いていなかった。彼女らは恐怖と疎遠である。が迫らぬ限り恐れなど抱かぬのだ。

―――眠りたい。起こされた。うるさい。

聞き捨てならぬ内容。

重要な手がかりを感じ取った野伏は、流れ込んで来る想念に耳を傾けた。

―――音。音色。不安になる。谷間から。ああ。ああ!

それ以上は幾ら待っても聞こえてこない。頃合いとみた野伏は、体に入り込んできた亡霊たちをこととした。

出ていけ!

渾身の抵抗レジスト

野伏が発動させたのは魔法を否定する魔法。その圧倒的な威力に、亡霊たちははじき出された。奪いかけていた野伏の肉体から強制的に退去させられたのである。

それで済まなかった。強烈な否定の意志は、周囲を漂っていた亡霊たちまでもを吹き払う。

敵を退けた野伏は、仲間へと叫んだ。

「谷間だ!そこに元凶がある!!」


  ◇


そこは大地の裂け目だった。

岩肌が左右に迫る、ごく狭い場所。谷間の奥底である。

一行がこの場所に着いた時、既に日は傾こうとしていた。

死者たちは追撃して来ない。この場所に近づくのを恐れたのだ。

「ねえ―――これ、なんなの?」

「…ぅ……」

それは一言で言い表すのであれば、笛だった。

岩肌の間には何本ものロープが渡されており、そこに大きな円筒形の物体が、吹き流しを付けてぶら下げられていたのである。

魔法文字を刻まれたそれは、一抱えほどもある素焼きの土器だった。谷間を通り抜ける風の音で鳴る風笛なのだ。

この距離まで近づけば、ふたりも笛の音色が聞き取れた。

そう。女楽士の鎮魂歌に酷似した音色を。

されどそれはどこか不安を煽る音。死者の安寧を妨げ、目覚めさせる魔力を秘めていた。

まだ真新しい。明らかに設置されて日が経っていなかった。これが、死者たちを起こした原因なのだろう。

「これが原因なの?壊しちゃっていい?」

野伏の問いかけに、しかし女楽士は答えられなかった。

何故ならば。その笛に刻まれていた魔法文字に見覚えがあったから。

―――どうして。どうしてが使われているの?

死霊魔術ネクロマンシーの流派は多数存在する。今回のような事件を起こせる魔法使いなど探せばそれなりの数はいるだろう。しかし。

それは、女楽士の魔法で用いる文字だった。もはや知る者は彼女一人しかおらぬはずの。

分からない。分からなかったが。

それでも、死者の安寧を守らねばならない。

決意した女楽士は、腰の小剣を抜くと、笛を吊るした紐を断つ。

落下した土笛は、いともたやすく砕け散った。


  ◇


夜。

家の中で恐怖に震えていた村人たちは、山向こう。墓地の方から美しい歌声が響いてくることに気が付いた。ゆったりとした、深みのある荘厳な調べが聞こえてくるのである。

魂を震わせる音色であった。

死者の霊を慰めるそれは、村に住まう生者たちにも安らぎを与えた。魔法の力ではない。死者をいたわり慰めたいという想い。歌声に込められた真心によって安らいだのである。

その夜、亡霊スペクターたちは現れなかった。

次の日も。その次の日も。夜は無事に過ぎた。

死者たちは再び安らかな眠りに就き、村に平穏が戻ったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る