首が飛びます(例によって物理)

大地にひれ伏し、魔法の儀式に参加している小鬼ゴブリンども。

その内の一匹は、ふと耳に届いた不思議なメロディが気になった。

―――なんだろう。これは。

むずむずする。確かめたい。歌っているのはどんな者なのだろうか。すぐそばまで行って直接目にしなければ。

彼は、いつの間にか立ち上がっていた。

いや、それだけではない。儀式に参加していた他の者たちも次々に立ち上がっているではないか。

もはや彼らにとって、儀式よりも音楽の方が大事であった。

ふらふら、と小鬼ゴブリンたちは引き寄せられていく。

女楽士の方へと。


  ◇


突如来た歌声に、小鬼祈祷師ゴブリンシャーマンは困惑していた。なんだこれは。魂に直接語り掛けている歌だと?

敵が歌っているのであろう。ということは攻撃のはずである。どのような効力を持っているか分からぬが、心を強く持って抵抗レジストしなければ。

と。

部族の小鬼ゴブリンが立ち上がった。一匹や二匹ではない。多数の者がひれ伏すのをやめ、どころかふらふらと歩き出すではないか。敵である不死の怪物がいる方向へ!!

小鬼祈祷師ゴブリンシャーマンは敵の意図を悟った。これは聞いた者をおびき寄せる魔法だ。奴はこちらを見つけられぬから、出向かせようとしているのだ!!

とはいえ彼には部族の者を止めることはできぬ。樹人トレントを維持せねばならぬからである。ただ、手下たちが敵の前へ引き寄せられ、殺されていくのを眺めるほかない。

そしてもう一つの問題。

術を維持するには、部族の者一丸となる必要があった。敵に引き寄せられる者が増えれば増えるほど、小鬼祈祷師に負担が重くのしかかる。

彼にできることがあるとすれば、それは速やかに敵を始末すること。

一刻の猶予もなくなった。


  ◇


巨体の敵より逃れ続ける女楽士。

その眼前に、ふらふらと現れたのは何匹もの小鬼ゴブリンたち。歌が届いたのだ。

きらめく刃。

すれ違いざま小剣で奴らを切り刻み、女楽士は走る。

しかし一向に樹人トレントが止まる気配も、迷いの森メイズ・ウッズが解除される様子もない。すなわち術者は引き寄せられていないのだ。

焦りが募る。されど現に一定の成果を発揮している魔法を中断するつもりはなかった。そんなことをすれば敵に余裕を与えてしまう。引き寄せられる小鬼ゴブリンをすべて始末し終えるまでは続けるしかあるまい。

そんな折。

さまよい出てきた小鬼ゴブリンの一匹が、ぽかん、とした表情から一転。驚き、腰の刃を抜いてこちらへと斬りかかって来た。反射的に避けようとした女楽士は、足が鈍る。

樹人トレントは、その隙を見逃さなかった。女楽士の足を、延ばした枝葉の触手で絡め取ったのである。

宙づりとなる麗しき女体。

その五体へ、枝葉がさらに殺到した。


  ◇


―――やったぞ!ようやく奴を捕らえた!!

踊り狂う小鬼祈祷師ゴブリンシャーマンは、内心で歓喜の声を上げていた。

手下どもが引き寄せられていったときにはどうなる事かと思ったが、不幸中の幸いであった。敵の足を鈍らせるとは。

とはいえ最後の詰めが肝心である。既に部族の者はかなり減ってしまった。術を維持できる時間もあとわずか。

―――さあ。奴の死にざまを、すぐそばで見届けてやろうではないか!

儀式に狂奔する小鬼祈祷師ゴブリンシャーマン。踊り狂う自分自身も徐々に女楽士の方へと引き寄せられていることに、彼は気付いていなかった。


  ◇


―――しまった!

宙づりとなった女楽士。己に絡みつこうと殺到してくる枝葉を小剣で切り払いながらも、しかし歌声が途切れることはない。死者たる彼女が奏でる魂の旋律は肉体の状態と関係ないからだった。

彼女の眼前には、引き寄せられた小鬼ゴブリンどもがどんどん増えてはいる。この調子ならば敵勢をすべておびき寄せる事も叶おうが、その前に己が体を引き裂かれるやもしれぬ。いや、それ以前に術者が現れたとしても、この体勢では刃が届かぬであろう。

その時であった。

女楽士の眼前に、羽飾りを付けた大柄な小鬼ゴブリンが現れたのは。踊り狂っている奴こそ、魔法を使っている敵首魁に相違ない。

しかし彼女は樹人の相手で忙殺されている。敵を攻撃する手段がなかった。

―――いや。

手にしている黄金色の小剣。今の己の剛力で投げつければ、確実に相手を引き裂くことができるはず。

命中させることができるのであれば。

だが小剣は投擲を考えては作られていない。ましてや宙づりという悪条件である。

この状態で命中を期待できるのか?


  ◇


踊り狂う小鬼祈祷師ゴブリンシャーマンは、いつの間にやら敵前におびき出されていたことに気がついた。術の負担に脂汗を流す彼はしかし、笑みを浮かべた。邪悪な笑みを。敵がこちらを攻撃する余裕がないのが明らかなのに加えて、その全身に樹人の枝葉が絡みつきつつあったからである。

敵の術中に落ちていたようだが、もはやそれは問題ではない。このまま絞め殺してくれる!

そう決意した時、敵は、手にした武器を投じた。黄金色の小剣を。

それは、胸板を貫く。そう。小鬼祈祷師ゴブリンシャーマンの横で立ち尽くしていた大小鬼ホブゴブリンの。

敵は唯一の武器を手放したのだ。

絶望の表情を浮かべる女の生首。

―――馬鹿め!貴様にはもう、武器はあるまい。

彼は勝利を確信した。


  ◇


―――なんということ。もう奴を攻撃する手段がない。

女楽士の生首は絶望の表情を浮かべた。彼女には敵を直接攻撃する類の魔法の心得がない。飛び道具も持っていない。手勢は迷っていて来られない。万事休す。

その体に、枝葉が絡みつき、覆い尽くしていく。

せめて手で抱えた生首だけでも守ろうと、両腕を伸ばし。

あった。ひとつだけ、敵にする手段が。

ここでしくじれば本当にもう後がない。

女楽士は、決意を固めた。手にしたを振りかぶると、両手で投じたのである。

自らの生首を。

それは狙い過たずに飛翔。敵に命中すると、致命傷を与えた。小鬼祈祷師ゴブリンシャーマンの喉笛を見事、食いちぎったのだ。

急速に力を失っていく樹人トレント

もはやただの大木と化したそいつの枝葉を引きちぎり、女楽士は落下。地面に叩きつけられた彼女はしかし、傷ひとつない。死者は死なぬ故に。

立ち上がった彼女は、林から魔力が消え失せていることに気が付いた。術者が死んだことで迷いの森メイズ・ウッズの魔法も効力を失ったのである。

周囲には幾つもの骨の獣の姿があった。魔力に惑わされていた彼らは、すぐ近くにいたのだ。

敵魔法使いは死んだ。もはや女楽士の脅威となる者はいない。

女楽士は、残敵の掃討を手勢に命じた。眼前でぽかん、としている小鬼ゴブリンどもを皆殺しにするよう、骨の獣たちに指示を与えたのである。

殺戮は、ごく短時間で終わった。

彼女は勝利したのだ。


  ◇


林の中から響き渡る、身の毛もよだつような断末魔。

立て続けに聞こえていたそれらが唐突に止んだ時、林の前に陣取った十数名の草小人たちは恐れおののいていた。彼らは大変楽天的で恐怖という感情とも疎遠だったが、限度というものがある。

やがて林の奥。闇の中から出てきたものを見て、彼らは数歩後ずさった。

最初見えたのは、足。黒塗りの薄片鎧に包まれたそれは大変に細い。やがて腰。胴体と続き、そして手にぶら下げている荷物が見えた。

すなわち、目を剥き、凄まじい形相を浮かべた小鬼ゴブリンの生首を。

やがて全身像を露わにしたそいつは、草小人たちの前へと生首を放った。羽飾りをつけたそれを。

草小人たちは困惑した。投じられた首にではない。それを投じた人物に彼らは混乱していたのである。

薄片鎧に身を包んでいたのは、切断された自らの頭部を小脇に抱えた、美しい少女であったから。

どう見ても彼女は死んでいる。にもかかわらず動いている以上、不死の怪物なのは明らかであった。

だがその態度には敵意を感じぬ。それに、小鬼ゴブリンどもを討ってくれた。

草小人たちは楽天的で恐怖とは疎遠である。故に、彼らの一人は、首を抱えた女に語りかけた。

「あ……あんた。その首。大丈夫なのかね」

語り掛けられた少女は呆気にとられた表情をした。かと思えば、上品に笑い始めたではないか。

草小人たちは、戦いが終わったことを悟った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る