刃物振り回せて知性があって繁殖力旺盛で集団行動して魔法まで使う生物が弱いわけない(奴らをスレイする職人が求められる)
―――おかしい。
林の中。女楽士は困惑していた。
見通しが効かぬ。
ふと振り返ると、ついてきているはずの手勢がいない。はぐれたのだ。主人の臭いを正確に追尾できるはずの、骨の獣たちが。
立ち止まり、周囲をしっかりと観察する。
そこでようやく、彼女は気づいた。ごくかすかな魔法の力に。いや、たどって行けば、欺瞞されてはいるが強力な魔力ではないか。
―――なんということだ。一杯食わされたか!?
林全体に幻惑の魔法がかけられている。
これによって、女楽士は足止めされた。どころか手勢と分断されたのである。
だが。
上空の使い魔の視界は未だに途切れていない。さほど広い林ではない。逃げだした者がいればすぐわかるはず。己の現在位置すらわからぬ状況ではあるが。敵は逃げるために魔法を使ったのではないらしい。
すなわち、分断した上で攻撃してくるつもりなのだ。
女楽士は身構えた。
◇
―――よし。奴が獣どもと分断された。
林の中の別の場所。
集合した
速やかにあの
部族の者たちに命じ、行使する魔法の手伝いをさせる。これより執り行う儀式に参加させるのだ。
彼が行おうとしているのは強力な魔法だった。
眼前の巨木に対して部族の一同がひれ伏し、
それは祈祷。精霊をこちらの世界へと呼び込むのだ。林の木々。その中でも特に巨大な樹木へと、精霊を宿らせるために。
見上げるような―――それこそ、
―――さあ、行くのだ!そしてあの怪物を葬り去れ!!
今、巨大な魔法が発動しようとしていた。
◇
轟音が林に響き渡る。
立て続けなそれは、方角こそ不確かなものの確実に女楽士の方へと向かってきていた。魔法がかかった林によって正体は覆い隠されているが。目の前に現れない限り、相手を捉えることはできぬであろう。
故に女楽士は最大限警戒していた。胴体に備わった霊的な視覚で振り返り後方を監視しながら、生首の肉眼で前方を注視していたのだ。彼女は己の肉体の扱いについて習熟しつつある。
だから、最初の攻撃を回避できなかったのは、彼女の油断ではない。相手が巨大すぎて避ける余地がなかったからである。
突如眼前に出現したのは、大量の枝葉。突っ込んできた巨大な何者かが、抱えた樹木を盾に体当たりを敢行したのだ。
広がる枝葉は鞭のようにしなり、女楽士を打ち据えた。宙を舞う彼女の肉体。
武器と自らの首を取り落とさなかったのは奇跡と言ってよいだろう。
大地に転がった女楽士はすぐさま立ち上がる。
敵を見上げた彼女は、己が勘違いをしていたことに気が付いた。
急停止した敵は、樹木を盾にしていたのではない。大樹そのものが歩いていたのだ。両手を広げたよりも幅広な幹はそいつの胴体。くねらせた根はそいつの足。枝葉こそがそいつの腕。
―――
精霊が宿り、自ら動き出した巨木。死者すらも殺せる巨大な怪物との闘いが、始まった。
◇
今いる場所は女楽士のすぐそば。元より狭い林の中である。
故に、彼らは持てるすべての
―――大丈夫だ。勝てる。
二つの強力な魔法がぶつかり合えば、結果を定めるのはこの世の理である。不死の魔法と大木を歩かせる魔法。両者が激突したとすれば、質量の大きい方が勝つのが道理であった。
◇
女楽士は思案する。
体格は圧倒的に不利。敵は魔法の産物である。すなわち女楽士を殺せるのだ。おまけにこちらには、樹人を殺す手段がない。奴を倒すには斧か火が必要だった。
術者を始末するしかない。だが
樹人が踏み込んで来る。奴の巨体はそれ自体が脅威だ。迫る根から逃れ、走る。元が植物故か、足が遅いのだけはありがたい。とはいえこの林の中では逃げきれぬ。同じ場所をぐるぐる回るだけのはず。術者を見つけ出せぬのであれば、魔法を破るか。
あるいは、術者にこちらまで出向いてもらうか。
林は狭い。こちらの歌声は敵まで届くはずである。後は、こちらの魔法が通じるかどうか。こればかりはやってみなければ分からぬ。
術比べだった。自分が死ぬのが先か。敵が死ぬのが先か。
女楽士の霊体は大きく息を吸い込むと、魂を震わせる歌声を上げた。
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