くっころ史上最も準備万端な状態で初陣を迎えるデュラハン(初期作成経験点を装備の常備化につぎ込んだに違いない)
―――ああ、綺麗だな。
負傷した野伏は、己を助け起こした仲間の姿にそんな感想を抱いた。
首が切断され、血の気が通わなくなってなお、彼女は美しい。女楽士は。
「……っう……」
助け起こすためには両腕を使わねばならぬ。だから、女楽士は己の生首を放り出した。
そんな彼女に対して野伏は、笑う。
「駄目だよ……美人なのに。顔を粗末にしちゃ」
脇に転がる女楽士の生首は、泣きそうな顔。
大丈夫、急所は外れている、と伝えようとした野伏は咳き込んだ。
「……ぁ……」
女楽士からの言葉はない。生首の口はパクパクしているのだが。どうやら死者の体ではしゃべれぬらしい。歌声は聞こえたというのに不思議なものだ。
まあよい。彼女が来たならもう安心だ。死者の体は不死な上に、
「村を……」
そこまで告げ、野伏は意識を失った。
◇
手勢の一体。すなわち骨の豹に野伏を守るよう命じると、女楽士は立ち上がった。
首を小脇に抱え、手には魔法の小剣。
これより、闇の軍勢を退けねばならぬ。生まれ変わった己の実力を知るいい機会だった。
使い魔に命じて上空よりの視界を俯瞰しつつ、女楽士は走る。手勢を引き連れながら。前方に
問題ない。奴らの武装には魔力を感じぬ。
―――理屈では分かっていたが、やはり怖い。だから彼女は、歌った。霊の声を響かせ、自らに勇気を与える力ある歌を。
歌とはそれ自体が魔法である。魂を揺さぶる響きには霊力が込められていた。
勇壮な響きに支えられ、女楽士の内より力が湧いてくる。冷静に敵勢を見ることができた。大丈夫。勝てる。
突き込まれてくる、槍。
何本ものそれは、女楽士の首がない胴体。そして生首へとぶつかった。いや、ぶつかる寸前、静止する。
死者は死なぬ。既に死しているが故に。だから、彼女らを屠るには魔法が必要だった。偽りの生命を支える不死の魔法を砕く、強力な魔法が。
もちろん
小剣が振り回され、たちまちのうちに闇の種族どもが肉片と化す。取り逃がした敵勢は獣たちが食い殺した。
自らを不死の怪物へと転生させた魔法使いは、次なる敵を求めて駆けだした。
◇
―――おかしい。
林を出てすぐ。やや高所より村を見下ろし、部族を指揮している
時折上がる絶叫は部族の者どもの声。つまり絶叫を上げさせている敵がいるのだ。
魔法使いの例にもれず、彼は用心深かった。首から下げている角笛を手に取ると、幾度か吹き鳴らす。
警戒しながら集合せよとの合図であった。
安心した彼は、戦況の観察を続けた。
◇
響き渡った角笛の音色は、もちろん女楽士の耳にも入った。
敵勢の首領がそこにいる。確信した彼女は道を走る。草で覆われた家々の間を。
その視界の隅に、異様なものが映った。こんもりとした緑の家屋より巨大な人影。
勇気の歌を歌っていなければ、立ちすくんでいたであろう。生身であれに挑むなど!!
だが恐れる必要はなかった。死者の肉体は、自然の法則にしたがうありとあらゆる攻撃を退ける。
だから女楽士は、刃を腰に収めると駆けあがった。敵と己を隔てる家屋を駆けのぼり、そして敵へと飛びかかったのだ。
その試みは成功し、怪物の巨腕は女楽士の細い胴を捕らえる事に成功した。
捕らえることだけは。
女楽士の胴を捕らえた手。その手首に、抜き手が差し込まれた。女楽士の右の細腕が苦も無く鋼鉄の皮膚と筋肉とを貫いたのだ。恐るべき威力であった。
無理やり手首を引きちぎると、女楽士は着地。眼前で傷口を抑える敵へと踏み込んだ。
手刀は、いともたやすく怪物の足を砕いた。跪いた敵の胴へと、再度の抜き手。
一撃は、
倒れ込んで来る敵を投げ捨て、女楽士は己の手を見た。血まみれの手を。首が断たれた胴体の視覚と、断たれた生首の肉眼。双方で確認したのである。
恐るべき力。
歌う事も忘れ、しばしそれに見入っていた彼女だったが。
まだ敵勢が残っていることを思い出すと、手勢を集め、再び走り始めた。
◇
―――あれはまさか……っ!なんということだ!!
草小人では在り得ぬ。いや、元は草小人だった可能性はあるが、少なくとも今は違うであろう。
不死の怪物か魔法生物の類。それも恐ろしく高位の。
あれを屠るには魔法が必要である。強力な魔法が。
家々の間を抜け、奴はこちらへ向かっているであろう。角笛の音色は聞いているはずであった。どうすれば!
周囲を見回し―――背後の林に気付く。これだ。
敵を迎え撃つ算段を付けると、彼は魔法を使った。全身を使って林に宿る精霊へと語り掛けたのだ。
術をかけ終えると、彼は角笛を吹き鳴らしながら林へ駈け込んでいった。数名の
女楽士を屠るための陣地が、用意されつつあった。
◇
―――
使い魔の視界より敵首魁らしき者が後退していくのを見た女楽士は、気を引き締めた。敵は魔法使い。不死の怪物も魔法でならば殺すことができる。今までのようにはいかぬ。
だが己の弱点は百も承知だった。だから準備はしてある。手にしている小剣は強力な魔除けの護符だし、身に着けている薄片鎧も敵対的な魔力を減衰させる力を秘めているのだ。たとえ火球の魔法を受けようとも軽傷で済むはずである。怖いのは同類―――魔法の武器を帯びた強力な
女楽士は進んだ。途中雑兵を手勢に食い殺させながら。されど
それより敵の首魁を討たねば。
林の枝葉に遮られて上空からは観察できぬ。林に突入するしかなかろう。
女楽士は、死せる軍勢に守られながら林へと入った。
一抹の不安を振り払いながら。
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