賢者にも分からないことはある(アドリブで作ってる世界なので……)
北の果ては氷の大地である。
太陽の恵みが少ないこの地では、冬の間海が凍る。その上を歩いて島々を渡ることができるのだ。この環境に適応した独自の生態系があり、怪物どもが住んでもいる。もちろん、闇の種族も。陽光の力が弱い分、むしろ活発とさえ言えた。
世界は平面である。そして大地から太陽までの距離は十分に遠い。にもかかわらず地域によって日照量が著しく異なるのは賢者たちの間では最大の謎の一つとされており(他に同等の謎と言えば、夜には太陽神は眠りに就いているというのにどうやって月は陽光を跳ね返しているのかという事実や、なぜ大地が平面なのに地平線があるのかという謎などがある)彼らの頭を悩ませていた。
今。闇の力が強いこの大地は、ふたりの客人を迎えようとしていた。
◇
意外な事実だが北の果てでは積雪は少ない。積雪の元となる水分が凍結しているため、海面から蒸発しないからである。
だからこの地の家屋の屋根は、さほど軽くない。雪の重みが脅威ではないのだ。熱を逃がさぬように厳重なつくりである。北の果てと一口で言っても広いから、場所によってその形態はさまざまではあるが。
今、騎士たちがいる村では、大地を縦横無尽に掘り下げ、その上に石造りの分厚い壁を備えた家屋を建てる、という構造が主流だった。村全体が半地下であり、多くの建物が繋がっているのだ。冬の間も外に出ないでだいたいの用事は済ませられる。最小限の火だけでも暖かい。寒冷なために木が育たず、薪が貴重だからこその工夫だった。この地では鉄は作れぬ。燃料が足りないがために。だから、この地の人々が金属や木炭を手に入れるには交易に頼っていた。交易品はアザラシやトナカイなどの獣の皮である。ちなみに先日の坑道から産出していたのは銅らしい。
騎士と女勇者は現在、村の一角に借りたスペースで、火を挟んで座っていた。
鍋がグツグツ言っており、おいしそうな匂いが漂ってくる。中身は塩漬けにした魚と乾燥した海藻。そして食用の苔類である。
少年騎士は、眼前の女人をぼおっと眺めていた。
不思議な女性である。魔法使い―――それも竜語魔法の使い手。意思疎通を試みたが、かなり言葉遣いがたどたどしい。高位の使い手なのは明白だった。人が竜に近づくという事は人間性を捨てていくという事でもある。知性は保っているだろうが、性質は限りなく獣に近づいているはずだった。祖父の受け売りだが。竜語魔法研究の権威であった祖父亡き今、恐らく少年騎士は、世界で最も竜語魔法に詳しい賢者でもあるだろう。
名前を尋ねようとしてもうまく意思疎通できなかった。はぐらかされたのかもしれないが。その辺は分からない。
しかし、竜の卵を探しているという話をすれば彼女は喰いついてきた。自分も同行したいと言い出したのだ。力ある魔法使い、それも竜に詳しい竜語魔法の使い手がいるのは大変ありがたいから、二つ返事で承諾したが。命の恩人なので断りづらかったというのもある。
聞けば、彼女は竜に転生するための修行の途中なのだという。その意味を、騎士は知っていた。すなわち戦って死ぬために彼女は旅をしているのだ。成功するといい、と真剣に思った。
◇
女勇者は、少年騎士を観察しながら器の中身を飲んだ。
そう。飲める。今の女勇者は食事をとることも寝台で眠る事すらできる。竜語魔法の力だった。竜の持つ生命力を己に付与することで、生を謳歌することができるのだ。素晴らしい。一時的なものではあるが。恐らく、竜の眷属の力を宿せば子を成すことだってできるだろう。
だが、それでも神の加護は取り戻せぬ。あくまでも彼女は死者であるが故に。
だから、彼女は竜になりたかった。陽光に苦しめられぬ肉体を取り戻すのだ。それだけが目的ではないが。
あの強くて誇り高く、美しい生き物になりたい。
魔法を極めるにつれて、その想いは一層高まった。竜語魔法を極めるということは、竜を知る事でもあるから。
まぁ、代わりに
そこで、気が付いた。
眼前の少年騎士は
ちょうどよい。転生した後の己の主にふさわしいか見極めてくれよう。
眼前の騎士は、もちろんそんな女勇者の内心など知らず―――己が今、探し求める竜の卵に試練を課されたのだという事実に気付かず、呑気に食事をとっていた。
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