絵で見るとジャンルがホラーに急転直下(知人に言われた言葉)

少年騎士たちが逗留している村は、海にも近いなだらかな斜面上にある。

その一角。石造りの小さなスペースが、騎士と女勇者の泊まっている場所である。

冷え込みのあまり、まだ日も昇らぬうちに起き出したのは少年騎士。彼はしばし寝直そうと悶々としていたが、やがて諦めた。そして仕方なしに起き上がると、剣でも振るうか、と考え、しかし思い直す。ここではスペースがないし、かといって外では寒すぎる。代わりに彼は、身を包んでいた厚手のマントを脱ぎ、土の床に広げた。

なんとそこにはびっしり小さな文字が書かれている。墨で書いたのであろう。書き込まれた知識。特に現状必要と思われるこの地域や竜について、しようとしているのだった。どうせ眠れぬのであればその方が時間の無駄がなくてよいから。

旅の賢者や魔法使いにとって最大の課題は書の運搬である。

書はかさばる。粘土板。石板。これらは長期保管にこそ向くが、重く脆い。故に木簡や竹簡が選ばれることが多いが、それとても運べる情報量は限られる。故に魔法使いは、複雑で一文字あたりの情報量が多い魔法語を編み出しもした。

少年騎士は賢者である。実はそれだけではないが、とにもかくにも祖父の代からの賢者だった。知識を尊び、頭脳を武器としている知性派の騎士なのだ。故に勉学は欠かさぬのである。このマントは祖父の蔵書の要約であった。これ自体が貴重な知識の書庫と言ってよい。自分でコツコツ書き貯めたのだ。他にも着衣の裏側は旅の間に見聞したことを書き込んでいたりもする。彼は自分の記憶力を信用していなかったから。

やがてを終えた頃。

彼は、狼の吠える声を聞いた。


  ◇


―――なるほど。ああいうところは老賢者そっくりだな。

女勇者は、薄目を開けながら少年騎士の行動を観察していた。

昔を思い出す。老賢者は、敵から奪った布を手紙に使った。幸い、女勇者がそれを老賢者の家族へ届ける必要はなくなったわけだが。あの戦いが終わった後、敵から剥いだ大量の衣類のうち、使い物になりそうな一部は老賢者が記録に用いた。軽くて運搬に適した布をいくらでも記録に用いることができるあの環境は、老賢者にとっては夢のようだったに違いない。

布と言えば、老賢者は女勇者の着衣にも興味を示していた。着衣というか一枚布なわけだが。どうも、彼の見立てでは相当に高位の魔法使いが丹念に織り上げた代物のようである。今のところ、あらゆる汚れがすぐ落ちる事、決して炎に焼かれぬこと、傷ついてもいつの間にか元通りになっている事、強力な魔法でも朽ちぬこと、仮に手放しても女勇者が望めば、気が付いた時には手元に戻っていることくらいしか分かっていないが。どうやらこの布に正式な持ち主として認められているらしい。非常に便利なので女勇者としては重宝している。

とはいえこの布一枚に素足で歩きまわっていると、少年騎士だけではなく出会う人々皆から、寒くないのかと心配されるのだが。まさか死にぞこないアンデッドだから平気ですとも言えぬ。困ったものである。

魔法で何とかしている、と今は誤魔化していたが。

さて、そろそろ起きるか、と身を起こした時。

外から聞こえてくるのは狼の咆哮。

すぐさま己の聴覚に、竜の鋭敏さを宿す。

そこに聞こえて来たのは―――氷神へ助力を求める聖句。

誰かが救いを求めている。光の神々に祈る誰かが。

女勇者は戦斧を手に取ると飛び出した。

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