デュラハンはみんな魔法に走ります(そりゃあな)

それは奇妙な均衡状態であった。

蜥蜴人リザードマン側は魔法の多用から来る疲労によって。

闇の軍勢側は、夜を待つという戦術的理由によって。

それぞれ、午後の長い時間を休息へと当てていたからである。


  ◇


女勇者は、休息場所でゆっくりと回復を期していた。

首がない肢体は、右足首から先が失われ、右腕も肩がなかば千切れかけている。

いかにうまく立ち回ったとはいえ、魔法による攻撃を完全には回避しきれなかったからだった。堀の中では陽光も照り付ける。死にぞこないアンデッドの動きは鈍るからやむを得なかった。せめて足だけでも回復させねばなるまい。

その隣では、蜥蜴人リザードマンの青年の一人が眠りに就いている。彼も負傷していたが、治癒の魔法を己にかけて回復を待っていた。脱皮を繰り返す蛇が備える再生の魔力に頼ったのである。

竜語魔法による治癒は、神の加護と異なり術者自身にしか効果がなく、即効性もない。とはいえ一つの魔法の流派でこれだけ様々な事ができるとなればその力は驚異的であった。

もし彼らが許してくれるならば、魔法―――その生き方について教えを乞うか。などと考える女勇者。どうせ、ずっと人里離れた暮らしを続けて来た。文明など半ば忘れている。ならば捨てても構うまい。大切なことは二つだけ。信仰と、友。

竜は竜騎士ドラゴンライダーの友となれる。神の加護を受ける竜もいるという。ならばそれらを捨て去らずとも、竜にはなれよう。

女勇者も、文明を必要としていない存在だった。飲食をせず、病にかからず、土を寝床とする者のどこに文明が必要なのか?

それに、竜に転生するという彼らの目的には興味があった。竜。すなわち生命ある者へと転生する魔法体系。

再び、血の通った肉体を取り戻せるかもしれぬ。それが人とかけ離れていたとしても、些細な問題だった。今も十分に化け物だったから。

竜を探して竜になる方法を見つけ出すとは、などと苦笑しつつ、彼女は立ち上がった。傷も癒えた。

再び竜の卵を探すにしろ、あるいはこのオアシスを守るにしろ。

全てはまず、敵を退けてからだった。


  ◇


太陽が地平線に近づきかけたころ。

戦場に変化が起きた。有利な時間帯に少しでも敵へ損害を与えようと、蜥蜴人リザードマン側が動き出したのである。

地竜モールドラゴンへと変じた者を先頭に押し出し、堀の最外周にまで突入してきた彼らは、内部で休息をとっていた闇の軍勢を焼き払った。とはいえ、闇の軍勢どもはこれを見越して分散配置されており、与えることができた損害はさほど大きくはない。

攻撃は短時間で終わり、蜥蜴人リザードマンたちは堀の第三周へと戻った。


  ◇


そして太陽が地平線の彼方へと沈んだ。代わって、夜が来た。

決戦となる夜が。


  ◇


闇の軍勢の本陣。

その中心に位置する輿こそが、軍勢を指揮する頭脳であった。それは御簾で何重にも深く覆い隠され中をうかがい知ることはできぬ。

これの防備に加わっているのはわずかな兵と竜牙兵スケルトン・ウォリアー。そして牝山羊キマイラ2匹のみであった。戦力の大半はに振り向けられている。

今。軍勢を指揮する支配者―――暗黒魔導師が、輿の中より姿を現した。

闇の魔法を用い、戦場で斃れて行った部下どもを黄泉還らせるためである。

深くローブで顔を隠した彼は、天を見上げた。星々の間に潜む暗黒へと祈願するために。

その傍らには、磨き抜かれた青銅の甲冑を纏う剣士の姿。その顔は兜で深く覆い隠されているが、目は爛々と輝いている。

呪句を唱え、印を切り始める暗黒魔導師。夜の闇に覆われた広大な砂漠に、朗々たる邪悪なる詠唱が響き渡る。

術が完成する。―――その刹那。

近くの大地がした。

「―――!?」

出現したのは、成竜レッサードラゴンを始めとする数体の竜の眷属。

そして、白き衣を纏い戦斧を携えた、首を持たぬ女だった。

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