できるのであればやる奴は絶対に出ます(だって人間だもの)

太陽が、その頂点からやや傾き始めたころ。

砂漠にて野営していた闇の軍勢。

警戒の任に当たっていた小鬼ゴブリンの射手は、空を見上げていた。

どうせ敵も攻めては来るまい。こちらは圧倒的多勢である。万一攻めて来たとしても恐れる必要はない。万が一の時は隣の同僚を盾にすればいい。

小鬼ゴブリンどもはどこまでも楽観的で刹那的である。だから残虐非道な事も平然とやらかすのだ。そんな彼がふと、太陽の中に影を見出したのは、だから仕事熱心さ故ではない。単なる偶然である。

―――なんだ?

鳥か何かだろうか。ええいまぶしいな。

目を細めた彼は、太陽の中に幾つもの影が存在することを確認した。鳥にしてはおかしい。

やがて、それは接近してきた。かと思うと、翼を畳み、次々と急降下したのである。

こちらの方へ。

一部始終を眺めていた彼は、警戒の声を出すのが遅れた。

それが、軍勢の命運を分けた。

急降下し、地表近くで再び翼を開いた彼ら。すなわち、魔法によって蜥蜴人リザードマンたちが変じた飛竜ワイバーン蛇竜ワームたちが組む見事な斜め横隊は、軍勢の上空を通過していった。

それも、竜の吐息ドラゴンブレスを吐きながら。

であった。

小鬼ゴブリンの射手も、それを呆然と見上げていた。

―――なんだ。何が起きている!?

混乱した彼は、巨大な飛竜ワイバーンが迫ってくることに気付いた。それも、竜の吐息ドラゴンブレスを吐きながら接近しているのである。

盾にすべき同僚ごと、射手は燃え尽きた。


  ◇


軍勢の上空を通り過ぎると、蜥蜴人リザードマンたちの編隊は速やかに帰還へと移った。反復攻撃は厳禁されている。竜の吐息ドラゴンブレスの連射による消耗は激しかったし、二度目は敵も組織的に反撃してくるであろう。それを警戒したのだった。

この策を考えたのは老賢者である。先頭の者―――例の若者が志願した―――が右側から突入し、後続の者がその左を、次の者はさらに左を……ということを繰り返すことで、敵全体へ効果的な攻撃を行うことを可能としたのだ。太陽の中へ紛れるというのは女勇者の意見だったが。

老賢者は木の枝で地面に図を描き、蜥蜴人リザードマンたちへ説明した。蜥蜴人リザードマンは文明を持たぬが知性は高い。意図とその戦術的効果を理解した彼らは、計画通りに行動を起こしたのである。戦果は上々。これで、敵の進軍は大幅に遅れるであろう。本隊の到着は明日の朝以降にずれ込むはず。

彼らは、貴重な時間を犠牲なしに稼ぎ出したのだった。


  ◇


―――おのれ!警戒を強めたというのに裏をかかれたか!

暗黒魔導師は激怒していた。己の予想の甘さに。

敵には相当以上に頭の切れる軍師がいると見える。蜥蜴人リザードマンでも実行できるように考え抜かれた、単純だが効果の大きい陣形。斜め横隊が一直線に突っ切ったせいで、縦に十数本の杭を打ち込まれかのごとく軍勢はズタズタだ。再編にはかなりの時間がかかるであろう。

それに、竜騎士ドラゴンライダーは太陽の中に隠れると聞くが、それを知っていて効果的に使ったのであれば、相当な賢者かもしれぬ。

何にせよ、攻撃してきたということは迎え撃つ気であろう。

こちらも相応の覚悟をして挑まねばなるまい。


  ◇


時間は少々巻き戻る。

女勇者と老賢者。そして集落の者たち数名は静謐な空間にいた。

負傷し、寝床で休んでいた若者。生命力の象徴たる蛇の魔力で傷を癒した彼に案内された先だった。岩山の中腹にある亀裂の奥である。

そこには、津々と水が湧き出る泉があった。そこから流出した水が再度地下へと戻り、オアシスの水源となっているという。

泉の中に沈んでいる蒼き宝玉こそが、若者が言うところの秘宝であった。

竜王ドラゴンロードの一柱にまつわる品物だという。

原初の時代、母なる混沌の巨人から生まれ出た者たち。それが竜王ドラゴンロードである。神々と同時期に誕生した彼らは、神に限りなく近い霊性を備えるともいう。それに連なる品物とは、神器に等しいということである。

そもそもが、この地に蜥蜴人リザードマンが暮らしだしたのも、この秘宝を守護するため。

この伝承は、集落の長老たち、そして一定の力量に達した者だけに伝えられてきたそうだ。だが、昨夜の戦闘で、それを知るのは若者だけになってしまった。だから彼は、残った集落の者たち。そして、この戦いに巻き込む形となってしまった客人たちへとこの事実を伝えたのである

老賢者は、納得すると同時にこう発案した。

「敵の目的がこれというのは理解した。闇の種族に渡してはいかんということも。なら、これを持って一族で逃げるというのは?」

若者の返答は否定であった。

宝玉は触れるものを焼き滅ぼす。真なる竜の炎に焼かれても耐えられる者だけが、秘宝に触れ、持ち運ぶことができるのだと。

そんな者は、この集落にはいなかった。竜語魔法を使いこなす蜥蜴人リザードマンたちですら、真の意味では竜の力を得ているとはいいがたい。そんな神器に等しい存在を持ち運ぶことなどできようはずもなかった。

だが、敵勢はその手段を得ているはずである。でなければ、運べもせぬ秘宝を奪取するために軍など繰り出しはすまい。

この時点で、一同の方針は定まった。戦える限りは闇の軍勢と戦うのだ。闇の軍勢に秘宝を渡すわけにはいかぬ。

女勇者は、蜥蜴人リザードマンたちに可能な限りの助力をすることを決意した。元より闇の種族を狩る旅の途上である。老賢者も付き合うと宣言した。どうせ老体では逃げられぬから。

こうして、敵を迎え撃つための準備が始まった。

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