くっころは情報戦でできています(敵の手の内なんてわからないからねえ)

闇の者どもが担ぐ輿。一筋の光すら差し込まぬその空間で、暗黒魔導師は思案していた。

戦に想定外の事態は付き物だが、今回のそれは極め付けだ。首なし騎士デュラハンがいたということは、おそらく創造主である死霊術師ネクロマンサーも同行しているだろう。ひょっとすればそやつも竜王ドラゴンロードの秘宝が目当てかもしれぬ。

厄介な事になった。あれほどの死にぞこないアンデッドを作れる魔術師である。皆殺しとされた百近い雑兵すべての死体が使い物になるとは思えぬが、それでも骸骨兵の二十や三十、作り出すこともできよう。あれは術者の力量が露骨に反映される。それで防備を固められればますます攻め入る隙が無くなってしまう。

傍に控える護衛へと目をやる。

昨夜送り込んだ小鬼王者ゴブリン・チャンピオンに与えた呪符は、を作る過程での習作だった。完成品たるならば首なし騎士デュラハンを始末することもできようが、万一破壊されてしまえば秘宝を運ぶ手段がなくなってしまう。秘宝は清浄なる竜の力を帯びており、触れるものすべてが燃え尽きるからだった。

例外はふたつ。

ひとつは、真なる竜。竜はいわば肉体を得た炎そのものである。炎が焼け死ぬわけもなかった。

そしてもうひとつ。竜の炎の洗礼を受けた戦乙女。既に焼かれているのだからそれ以上は焼けぬというわけだ。死者が死なぬのに似ている。

もちろん、竜の炎を浴びた乙女が生きていられる道理はない。また、条件を満たした死者自体が希少である。死体や遺留品すらめったに残らぬ。故に、これを作るには、恐ろしく手間暇がかかった。古代の文献を調べ、墓を暴き、灰から塩を取り出し、生前愛用していたという武具を探し出し、そして冥府から魂を引きずり出してくる必要があったのだ。

それも、闇の魔力に頼ることなく。穢れがあれば秘宝によって拒絶されるが故に。乙女である理由もそこにある。

同じものをもう一体作ることは不可能ではなかろうが、恐ろしく困難である。安易な投入は躊躇われた。

何にせよ、敵の出方次第である。奇襲が失敗した以上、昼のうちに反撃を受ける危険も考えておかねば。


  ◇


雲ひとつない青空を飛翔する飛竜ワイバーン

5メートルの巨体で羽ばたく彼は蜥蜴人リザードマンの斥候である。

斥候は、数多い者―――文明を持たぬ蜥蜴人リザードマンは大きな数を扱うことができぬ―――どもが地上を移動しつつあるのを目にした。

闇の軍勢。

小鬼ゴブリンを主力としたそいつらは、岩山のオアシスから遠ざかりつつあるように見える。どうやら逃げ出すようだ。

安堵した飛竜ワイバーンはしかし、念のために彼らを追い越した。目的地を確認するためである。

人の足ならば半日はかかるであろう距離を飛翔したころ、それは見えて来た。

凄まじい数の兵士たち。巨大な怪物を多数引き連れた奴らは、闇の軍勢であった。先の集団は逃げていくのではない。本隊と合流するつもりだったのだ!

そこまで見て取った斥候は帰途に就いた。一族へ危機を伝えるために。


  ◇


蜥蜴人リザードマンの葬儀は、死者の生命を取り込む、という形で行われる。すなわち、死者の肉体を腑分けし、一族がそれを喰らうのである。

それを知ったふたりのも最初それには面食らっていたものの、差し出された故人の肉を口へ含んだ。昨夜の戦闘に参加した彼女らは葬儀への参加を認められたのだった。

女勇者にとってそれは滋養にはならぬが、しっかり噛みしめると、首の切断面を重ね合わせた。嚥下し、胃袋に収めるために。

残された遺体から飛び去って行く死者たちの霊魂。それは、きっとどこかで新たな生命へと生まれ変わるのであろう。

彼らの旅立ちを見送る彼女の内にあったのは、羨望だろうか。

常ならば死者の全てが食べ尽くされるのだそうだが、昨夜は死者が多かった。十二名が亡くなったのである。残された九十近い者たちでも食べきれぬ量の遺体は本来であれば砂漠の獣へとゆだねられるが、敵が迫っている中では辱められる可能性が高い。それも、闇の魔法によって。オアシスの大地へと埋められることとなった。

そして敵勢の死体。これもされることを防ぐために処分する事となった。一か所に集めた死体を、蜥蜴人リザードマンたちが魔法で焼くのである。

己の呼吸器へと魔法を付与した彼らは、胸郭を膨らませ、そして一気に吐き出した。

竜の吐息ドラゴンブレスを。

吐き出された魔法の炎は、闇の軍勢の屍を一気に焼き清めた。

「たまらんのう……」

老賢者の言葉に、女勇者も同感だった。種族に関わらず知己を戦いで亡くすのはつらい。

しかし感傷に浸っている暇はなかった。敵勢が迫りつつあったからである。

迎え撃つことはできるだろう。蜥蜴人リザードマンたちは強力な魔法使いたちであるから。しかし、彼らは夜になれば動きが鈍り、さらには魔法を破られれば槍でも刺殺される。

昨夜の惨状は魔法解除ディスペル・マジックの呪符によるものであろう、とは、敵の遺留物を分析した老賢者の見解だった。

知っていれば対処法はあるとはいえ、厄介な事に変わりはない。

ましてや斥候の報告では、敵は巨大な怪物の類を多数連れていたという。女勇者のを経てその外観に関する情報を伝えられた老賢者は、敵の正体を類推した。闇の魔法で作られた強力な魔獣の可能性が非常に高い。それも、陽光の下でも活動できるよう、生命ではなくその肉体を歪ませ、内に邪悪なる霊を宿らせたもの。維持に魔法を必要とせぬ歪んだだけの肉体は、陽光でも焼かれぬのである。闇の魔法によって受けた傷が陽光を浴びても癒えぬのと理屈は似ている。

もちろんその戦闘力は、昼の方が低下するのは間違いあるまい。

とはいえ、そんなものを作れる者が敵勢に含まれている、という事実自体が老賢者を戦慄させた。闇の魔法はただでさえ強力だというのに、敵にいるのはそれに秀でた力ある魔法使いなのだから。

あまりにも厄介であった。敵を殲滅する事自体はできるかもしれぬ。されど、それは昼の間に敵を急襲し、こちらの戦える者全てが命を捨てる覚悟であるという条件がつく。

もちろんそんなわけにはいかぬ。残された子供たちを養える者がいなくなってしまう。

いずれにせよ敵の目的が不明である。これほどの大戦力を用意してまでわざわざ、略奪すべきもののない蜥蜴人リザードマンの集落を襲ったのだ。尋常な目的と言うことはあり得ぬが。

わずかに捕らえた雑兵どもは老賢者が尋問したが、彼らはろくなことを知らなかった。こうなると指揮官を捕らえられなかったのが痛いが、不死の怪物を捕らえるわけにはいかぬから仕方あるまい。

敵の目的がこの場所自体にあるのであれば、逃げるという選択肢もあり得る。しかし、そうでなければ。蜥蜴人リザードマンたちを皆殺しにするような目的であるならば、追撃され、不利な夜間に、砂漠の真っただ中で攻撃を受けることも視野に入れねばならぬ。

一同は頭を悩ませた。客人ふたりを交えた軍議の席、オアシスの日陰。女勇者には特に日が当たらぬ場所を与えられている。

そんな時であった。

―――Guuu……

疲労した様子ではあるが五体満足で寝床から出て来たのは、蜥蜴人リザードマンの若者。最初の襲撃で負傷していた彼である。

若者は、告げた。

敵の目的は、きっと竜王ドラゴンロードの秘宝である、と。

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