第六話 砂漠の魔物

女勇者のテンションはおおむね作者に依存します(いい加減だな)

冷え切った夜だった。

砂漠における寒暖の差は激しい。昼間50度を越えながらも、夜には氷点下を下回る。水の恵みは限りなく少なく、過酷な環境故に生物も少ない。

それでも、砂漠には砂漠へ適応した者たちがいる。植物。動物。魔獣。亡霊。人間。

そして、闇の者どもも。

今、星空の下で炎を囲んでいるのも、そんな悪しき者たちだった。


  ◇


それは闇の種族の軍勢であった。

小鬼ゴブリン大小鬼ホブゴブリン巨大な狼ダイアーウルフ

そやつらを率いる頭目は蠍人アンドロスコルピオの闇司祭である。蠍人アンドロスコルピオは砂漠に住まう幻獣で、上半身は美しい人間の男性、下半身は極彩色で巨大なサソリである。人間と同様良い蠍人もいれば悪しき蠍人もおり、もちろんこの個体は大変邪悪な存在だった。下半身の色は鮮やかな赤。

炎を囲む数十の怪物どもがわいわい言いながら見ているのは剣舞だった。

曲線で構成された蛮刀を振り回しながら舞い踊っているのは、ターバンを頭に巻き付けた大小鬼ホブゴブリンである。ただの舞ではない。これからを行うのだった。

捕虜を捌き、調理するのである。文字通りの意味で。

「……ワシら、どっちが先に喰われるんじゃろうなあ……」

―――Gurururur……

頭にターバンを巻き、縄でぐるぐる巻きにされた老賢者は、隣で同じく縛り上げられた異種族の子供に語り掛けた。

蜥蜴人リザードマン。直立二足歩行し、鱗に覆われた亜人種。人の類には数えられていないが闇の種族でもない。一定の知性と独自の言語・文化を持つ「ひとびと」だった。

ふたりは知己ではなかったが、闇の者どもに捕らえられてからともに過ごした時間で、ある程度の意志疎通はできるようになっていた。それもおそらく今夜が最後であろうが。

不幸なことに、老賢者は闇の者どもがしている儀式の意味を知っていた。闇の神々に捧げる、お世辞にも平和的とは言えぬ儀礼である。それも、犠牲を捧げる類の。

もちろんこの場合、神々に捧げられる犠牲がなにかは言うまでもあるまい。

闇の神々に魂まで捧げられるのは嫌じゃなあ、死んだら星になりたいのう、などと現実逃避を開始する老賢者。隣の蜥蜴人の子供も同じような考えだろう。たぶん。

やがて、儀式は最高潮に近づいていく。炎を取り囲んでいる闇の者たちの熱狂もますます高まって来た。

ふたりは縄を解かれ、炎の前に引きずり出される。

剣舞を舞い踊る大小鬼ホブゴブリン。よく見れば、羽飾りをつけていた。小鬼祈祷師ゴブリンシャーマンかもしれぬ。

彼が刀を振りかぶり、構えた先は、老賢者。

「……ぁ……星神よ……」

神官ではない彼が祈っても、この事態を打破できる程の加護は与えてくださらぬであろう。それが可能なだけの受け皿を、老賢者は持っておらぬ。

神は慈悲深いが、全能ではない。

そして、真っ二つになる肉体。

凄まじい鮮血が飛び散った。

「……へ?」

とはいえ、老人は生きていた。もちろん蜥蜴人リザードマンの子供も。

大小鬼ホブゴブリンの刀が振り下ろされたのではない。彼の足元から出現した刃がのである。

ぽかん、とふたりが見上げてしまったのは無理のない事であろう。あまりにもわけが分からなさ過ぎた。

突如として地中から出現した巨大な戦斧が、大小鬼ホブゴブリンを股下から頭頂部まで一刀両断にしてしまった、などとは。

左右別々に倒れていく大小鬼ホブゴブリン

その向う。砂を割ってのは、美しいものの青ざめた裸身。右手に戦斧。左手に、純白の布包みをぶら下げたそいつはしかし、首がない。

ふたりは知らなかったが、女勇者であった。

老賢者の祈りは、相手こそ違えども、天に届いたのだ。


  ◇


―――起き出してみれば、なんとまあ。

女勇者は周囲を観察した。これは荷物を抱きしめて眠っていた甲斐があったようである。

砂漠は風で砂が運ばれ、荷物が埋もれてしまう。だから、大切な手紙と頭部を無くさぬよう着衣で包み、斧も全身で抱き着きながら自らを埋葬していたのだが。

まさか、それに気づかず寝床の上でどんちゃん騒ぎをしている闇の者たちがいるとは。

まあいい。眼前でぽかんとしている老人と蜥蜴人リザードマンは奴らにさらわれて来たのであろう。助けられて幸いである。いや、まだ無事に済むとは限らぬが。

戦斧を構え直す。服を着ている暇はないが、どうせ己の裸身を見るのは枯れた老人と異種族の子供である。他は全員死ぬ。何の問題もない。

の羞恥心を己が保っていることに安堵。素晴らしい。なんとであるのか。

さあ。闇の種族を一掃し、その勝利を太陽神への供物としようではないか。


  ◇


老賢者は、眼前の首がない女人を知っていた。いや、個人的な知己というわけではない。彼女を含む同類たちの総体について知識があったのである。

首なし騎士デュラハン……っ!」

恐ろしく強力な死にぞこないアンデッド。魔法なしで屠るのは不可能な、最高位の怪物のひとつ。だが何よりも重要な点。彼女らは生前の自我が残っている。すなわち彼女は、だということ―――!

助かった。いや、まだわからぬが、助かる目が出て来た。

老賢者は咄嗟に蜥蜴人リザードマンの子供に覆いかぶさり、伏せた。こうなった以上はとにかく目立たぬように。動かぬように。

あとは、この麗しき首なし騎士デュラハンに丸投げするしかあるまい。いや顔は見ていないので本当に麗しいかどうかは分からぬが。

どうせなら美人の方がいいのう、などと考えつつ、老賢者は戦いの終わりを待った。


  ◇


眼前のふたりは自発的に伏せた。楽でよい。後は、彼らが死なぬように気を付けながら闇の者どもを鏖殺しみなごろしとしよう。

女勇者は分析する。

敵の総数は五十といったところ。陣形は円。ぽかん、とこちらを見ておる。恐らく儀式に狂奔していたのだろう。かなり密集している。こちらを取り囲む配置。

そこまで確認したのち、最も近い敵へと進む。

間合いよりさらに一歩踏み込み、右手の戦斧を一閃。

刃と柄にぶつかり、肉片と化す小鬼ゴブリンども。気分がよい。

ただの一撃で、8匹の小鬼ゴブリンが屍と化した。

やはり重量のある長物はよい。とはいえ、足場が悪かった。砂地である。しっかりした場所ならば10匹はいけたか。

勢いに任せて左を向き、数歩踏み込みながら返す刀。

今度は5匹。うむ。

さらに四歩踏み込み、肩口から一匹を粉砕する。返り血が付着してくるが、どうせ全裸である。更に一撃。この調子で円のままならば一周して殲滅できるのだが。奴らもから立ち直りつつある。口々に意味不明な叫び声をあげ、得物を構えてこちらへ飛びかかってきた。

さあ。宴の時間だ。


  ◇


なんだ。あれはなんだ!!

闇の者どもの頭目たる蠍人アンドロスコルピオは混乱していた。

たちまちのうちに手勢の半数が殺された。なんだあの女は。首がないだと?いきなり地面の下から現れたように見えたが!!

恐らく強大な死にぞこないアンデッドであろう。たまたまこの場所で寝ていたということか。なんという不運!!

とはいえこのままでは手勢が皆殺しにされてしまう。それは困る。奴を斃さねばならぬ。

蠍人アンドロスコルピオは手を振り上げ、常人には雑音にしか聞こえぬ咆哮を上げる。精霊に対する請願は聞き届けられ、集団の中央で燃え盛っていた炎が


  ◇


老賢者は、真横の炎が突如盛り上がったのを見てギョッとした。魔法だ!攻撃目標はいうまでもあるまい。あの首がない女人であろう。とはいえ巻き込まれては死んでしまう。

周囲を見回し、あの女人が起き出して残った穴を発見した老賢者は、蜥蜴人リザードマンの子供を引っ張り飛び込んだ。


  ◇


立ち上がった火炎は、まるで巨人のようにも見えた。炎の精霊が具象化したのだ。何十メートルもあるそいつは術者の呼びかけに応え、助力を授けた。

すなわち、前方で暴れまわっている首のない女へと襲い掛かったのである。

炎の旋風ファイアーストームが吹き荒れた。


  ◇


蠍人アンドロスコルピオの眼前で、女が炎に呑み込まれた。何十メートルという火炎の嵐である。回避の術はない。

炎が引いた時、そこに残っていたのは幾つもの炭化した屍のみだった。手下どもも多数巻き込まれたが、全滅するよりはマシである。

安心した彼は、敵の死体を検分すべく歩み寄った。

そこで、彼は怪訝な顔。

はて?

焼け焦げているのは小鬼ゴブリン大小鬼ホブゴブリンばかりで、女の屍がない。どこへ行った?

―――回答は、真下から来た。


  ◇


―――やれやれ。穴掘りばかり上手くなったな。

女勇者は戦斧を振り上げた。隠れ場所から立ち上がりつつ、敵首領らしき蠍人間へと奇襲の一撃を加えたのである。

すなわち。火炎を避けるため、咄嗟に潜り込んだ砂の下から。

敵首魁は、刃の一撃で絶命した。


  ◇


老賢者が穴より起き上がった時、そこに残っていたのは闇の者どもの屍。

そして、首を持たず戦斧で武装した、裸身の女体だけだった。

彼女は老賢者たちの前で立ち止まると、戦斧を大地へ突き立てて手放した。更には跪き、老賢者へ手を差し伸べたのである。

老賢者は、自分たちが生き延びたことを悟った。

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