神様は助けてくれる(神がいるだけまだマシというな)

―――なんだ。これはなんだ!?

女勇者は混乱していた。つい先ほどまでの和やかな気持ちはもはやない。いや、家の中、他の者たちの態度は全く変わっていなかった。幼子たちは嬉しそうに、出された食事を頬張っていた。人間の指や脳みそをおいしそうに食いちぎっていたのである。

地獄のような光景が、そこにはあった。

娘は、女勇者へと告げた。

「驚かれましたか?」

先ほどまでと、いささかも変わりない態度。

されど。

その目が、輝き始めた。爛々と、赤く。

「貴方に語ったことは全て真実です。ただ、言っていないことがあっただけで」

彼女は、小壺を手に取ると、その中身を飲み干した。絞りとられたばかりの新鮮な、人間の血液を。

「死にました。みんな。でも、納得できなかった。だから、私は不死の魔法をこの子達にかけたんです。私自身にも」

偽装されていたオーラが砕け散り、娘の正体が露わとなる。

吸血鬼ヴァンパイア

ひとの生き血を啜る、おぞましき不死の怪物が、そこにはいた。

周囲を見回す女勇者。視線の先にいたのは、かわいらしい幼子たちではない。痩せこけ、土気色の肌で、目は落ちくぼみ、そして鋭い爪が伸びている不浄なる怪物ども。

人の類の肉を喰らう、邪悪な怪物。食屍鬼グールだった。

女勇者は、

―――ああ。ああ。なんという事を。闇の魔法に手を出したのか。こんな幼い子供たちを、永劫に続く呪われた地獄へ引きずり込んだのか!?

「ええ。

分かるでしょう。死を呪い、自らを不死の怪物に転生させたあなたには。この無念さが」

―――分かる。分かるとも。だが。これはやってはいけないことだ。

「―――残念です。あなたとなら、きっと仲良くなれると思ったのに」

それは訣別の言葉。

女勇者は即座に立ち上がり、相手へと手を伸ばした。筋力では首なし騎士デュラハン吸血鬼ヴァンパイアに勝っている。首をへし折れば勝てる。

そのはずだった。

動作を成し遂げることなく、女勇者の胴体は、テーブルへと突っ伏した。

「私が死霊魔術を修めているのは話しましたよね?魔法のです。死にぞこないアンデッドにも効く。足を洗う時に、塗らせてもらいました」

―――不覚。

「あなたが仲間になってくれたら、すぐに解毒剤を差し上げるつもりだったのだけれど。もしもに備えておいて正解だったわ。

さあ。あなたには、子供たちのになってもらいましょう。念のため、もっとたくさん痺れ薬を差し上げなければ」

痙攣する女勇者。その前で、かつて森妖精エルフだった娘は、立ち上がった。痺れ薬を取るために。

女勇者は考える。これは痺れ薬だと、娘は言った。ならば抵抗レジストできるはず。女勇者の不死を支える魔法と、魔法の薬。二つの魔法がぶつかり合えば、結果を定めるのはこの世の理である。それなら。魔法をかけてやる!!

精神を集中する。指先の一つ一つに通うはずの神経を思い浮かべる。女勇者の霊が肉体を凌駕する。不死の魔法が活性化し出す。

麻痺したはずの肉体が、ほんの少しだけ動いた。

女勇者の肉体が横倒し、床へ転がったのである。家の柱である大木へともたれかかるように。

「あら。さすがですね。凄い執念。みんな。危ないから、お客様の手足を串刺しにして差し上げなさい」

「「はーい」」

娘の命を受けた食屍鬼グールたちが、次々と石壁の向こうへ姿を消した。かと思えば、その手に木槍を持って戻ってくる。

先端を削って尖らせ、そして全体に呪言を刻み込んだ魔法の槍を。

女勇者の脚が貫かれた。腰が。左腕が。

苦痛はない。だが、女勇者は慟哭していた。不浄なる怪物どもに敗れることに対して。幼子らの魂を救えぬ無念さで。

慟哭は力となり、もう一度だけ、女勇者の肉体を突き動かした。

残った右腕が叩き込まれたのは、樹木。家の柱でもある幹は砕け散り、倒壊していく。

家の隅が裂け、外気が流れ込んできた。そこから見えるのは、空を遮る枝葉のヴェール。

そして、差し込んできた朝日だった。柱となっていた樹木が倒れたことで、太陽神の加護を遮っていた枝葉の一部も失われたのである。

絶叫が響いた。

上がっていたのは凄まじい炎。食屍鬼グールども。そして、吸血鬼ヴァンパイアの娘が、陽光によって焼かれて行くのである。

すべてを呆然と眺めているしかない、女勇者の生首。テーブルに置かれたままだった彼女は、娘が最期に発した言葉を聞いた。

「―――どうして」

闇の魔法に手を出してしまった森妖精エルフ族の娘は、静かに燃え尽きた。


  ◇


樹木が切り倒され、陽光が差し込むようになった森の一角。

そこには、小さな五つの墓碑があった。木を削ったそれらは、森妖精エルフ族の娘と、幼子たちを弔うために女勇者が作ったもの。

陽光に焼かれた彼女らは、灰しか残らなかった。太陽神の加護に滅ぼされたのである。

家の中を調べた女勇者は、世にもおぞましき光景を目にした。先ほどの食事に饗された人体だけではない。多数の人骨が転がっていたのである。

女勇者はそれらもひとつひとつ運び出し、荼毘に付した。魂を太陽神へと委ねたのだ。

犠牲者の墓は、娘たちのものとは少し離れた場所に作ってある。彼らも、共に葬られるのは嫌だろうから。

一連の作業は大変だった。痺れ薬は闇の魔法の産物だったらしく、陽光を浴びたことで消えた。負傷も動けないほどではなかった。しかし女勇者は、かなりの間茫然自失としていたのである。

それでも女勇者が動き始めたのは、子供たちを弔わねば、という一心からだった。

すべての葬送を終えた女勇者は最後の仕上げに取りかかった。娘と幼子たちが暮らしていた家を破壊する、という。

石造りの部分が素手でされ、残った木造の部分に火がかけられた。

赤々と燃え盛る炎。

それが鎮火したとき、女勇者は荷物を拾い上げ、そして旅立った。

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