さあ。地獄はこれからだ!(いつもの)
「―――そうですか。ご苦労なさったのですね。」
腐った森の中。
倒木に腰掛けた
隣に腰掛けているのは、膝の上で首を抱いている女勇者。
娘は、女勇者の身の上話を聞いていたのである。
彼女が幼子たちの言う「おばちゃん」だった。闇の種族に里を焼き討ちされた彼女は、里の幼子たちを連れてこの地へと逃れてきたのだそうだ。死霊魔術を収めているという。女勇者が問答無用で襲い掛かってくる邪悪な怪物ではないと知っていたのだ。とはいえ警戒はされたが。
それも、幼子たちと遊んでいる姿を見てすぐに解かれた。
「近隣の闇の種族を退治してくれたのはあなたですか?」
―――ええ。
「ありがとう。これで狩りに行きやすくなります。奴らに見つけられたら危ないから。数が少なければ、あいつらを襲って食事にしちゃったんですけど」
娘の言葉に女勇者も笑った。久しぶりだった。人の冗談で笑うのは。
「そうだ。当てのない旅をしていたんですよね?」
―――はい。
「なら、私たちの用心棒になってはくれませんか。子供たちと女手ひとつでこんな場所に暮らすのは危険が多くて」
―――おっしゃることは分かります。けれど、私でいいんですか?
「構いません。私も魔法使いの端くれです。あなたが邪悪な存在ではないことは理解しています。食事をお出しする必要もないですし。いかなる肉の欲望も持っていない以上、普通のひとよりむしろ安心です。
それに、こんな場所、誰も来ませんよ。見られる心配もありませんから」
―――外に移り住まないのですか?
「同族の郷はもう近くにはありません。子供たちが、旅に耐えられませんから」
―――なるほど。
女勇者は思案。あの子たちが育つまで十年か、十五年か。
―――悪くない。気が変わるまででいいのであれば。
「よかった。じゃあ、私たちのおうちに案内しますね」
娘が幼子たちを起こし、そして立ち上がった。
◇
生首を抱え、斧を手にした上で幼子を背負っている女勇者が案内された先。腐った森の奥に、その家はあった。
地形を生かした家。木々と半ば同化した家屋と、それに併設される形の石造りの構造だった。
意外と大きい。
疑問を口にすると。
「ああ。獲物を処理するスペースが必要ですから」
幼子二人を抱きかかえた
聞けば、狩猟で生計を立てているのだという。道理で。
女勇者は、戦斧を家の前に立てかけ―――こんな巨大な武装を人の家に持ち込むのもどうかと思った―――扉をくぐった。
◇
長椅子に座り、テーブルに生首を置いた女勇者は、娘のなすがままにされていた。血の気のないその足を洗われていたのである。「こんなことしかできないですけど」と娘は言うが、女勇者からしてみれば素晴らしい歓待だった。
周囲を見回す。
幼子たちが戯れている床に敷き詰められているのは大きな自然石。壁は一部土を積んで作られているが大半は木。家の支柱になっているのは、外から見た通り自然の樹木である。その根元はじめじめとした菌類であるが、やむを得ないだろう。
家財はテーブル。長椅子が2つ。寝台が見当たらないが、どこで眠るのだろうか。
そして奥。石壁がある側には、扉。恐らくその先が、獲物を処理する部屋なのだろう。
しかし、よくぞ女手ひとつでこれだけの家を造れたものだ。
「ああ。魔法がありましたから」
女勇者の疑問に娘は苦笑。かなりの苦労を伺わせる顔だった。
やがて、女勇者の脚を洗い終えた彼女は立ち上がると告げた。
「さあみんな、ごはんにしましょう」
その言葉に、幼子たちは喜色を浮かべた。素早く二つの長椅子に別れて座る。女勇者も端に詰めた。
子供たちの様子に女勇者の心も和む。
そうこうしているうちに、石壁の向こうへと姿を消していた娘が戻ってきた。手に、食事をのせたお盆を持って。
その献立に、女勇者は目を向いた。
テーブルに並べられた食事。それは指だったり、眼球だったり。脳みそだったり。血の入った小壺だったり。
そう。
人間の肉体。解体されたそれが、食事として並べられたのである。
「さあ。今日の糧を得られたことを、闇の神様に感謝しましょう」
邪悪なる祈りの言葉が、家の中に響き渡った。
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