魔法抜きならたぶんくっころ最強のデュラハン(つおい)

―――馬鹿な。

客人は、愕然としていた。

竜槍ドラゴンランス。すなわち、竜専用に作られた馬上槍は、普通の武具とは違う。鋼鉄をも切り裂く竜の牙や爪。幼竜が脱皮する際に抜け落ちたそれらを先端に据えて創り出されたこの武装は、ただの武器ではない。それ自体が魔力を帯びた必殺の破壊兵器である。竜の体にほぼ固定されたこの武器の扱いは極めて難しいが、高速で繰り出される突撃は、防御も回避も極めて困難なはずだった。

なのに。

何故、敵はいる!?

信じがたい身軽さだった。敵手は逆手に構え、肘を引っかけた戦斧を竜槍ドラゴンランスと激突させ、その衝撃で飛び乗ってきたのだ。乗騎の頭部へと。

戦斧は手放している。右手が握っているのは竜の鱗だった。

そして左手。この期に及んでも抱えられた生首。その唇が、動いた。

、と。

客人は悟った。敵の目的を。

彼女はただ、帰って来ただけなのだ。故郷へ。

だが。

「―――駄目だ!

死者たるあなたを街に入れるわけにはいかぬ。いかぬのだ!

去られよ!」

で乗騎が傾く。この重さでも飛べぬわけではないが、敏捷性が著しく低下するのだ。

山裾に沿って飛翔。空気だまりを見つけ、上昇していく乗騎。

それを足で操りながらも、客人は対話を続けようとした。彼女はまだ正気が残っている。翻意させなければ!

しかし。

彼女は、涙を流した。左腕に抱えられた生首。その両の眼から、悲しみの証をあふれさせたのである。

―――ああ。この方は、決して諦めぬ。

客人は決意した。この女人を殺さねばならぬ。彼女は、殺されねば決して止まらぬだろうから。

場所を選ぶ。街を見下ろせる、岩山の尾根。あそこがよい。

乗騎は、主人の意志に従った。


  ◇


―――ああ。空は、広いんだな。

敵乗騎へと飛び乗った女勇者は、の光景に目を奪われていた。美しい。

そして、眼前の敵。彼は、自分の意志を理解した。どれほど久しぶりなのだろうか。人間と、対話が成り立ったのは。どころか、自分を気遣ってくれている。あの異界での出来事を除けば、死んで以来初めてではあるまいか。

だが、彼の言葉に従うわけにはいかぬ。まだ目的が果たされていない。何故、故郷があのように変わり果てていたのか。私の知己はどうなっているのか。それを知るまでは。

恐らく、説得できぬと知った竜騎士ドラゴンライダーは己を殺そうとするだろう。正直に言ってしまえば、この竜にしがみついているので精一杯だった。飛び乗ったはいいが、眼前の敵を殺すなど不可能。素手では竜を斃すこともできぬ。振り落とされればもはや勝ち目はない。竜の吐息ドラゴンブレスの一撃でするはず。

やむを得ない。元々、死ぬ危険も計上済みだった。

竜が、急激に姿勢を変える。振り落とされる!

投げ出された女勇者。その体は、大地へと叩きつけられた。岩肌へと。そこは奇しくも、帰ってきて初めて故郷を見下ろした場所。

―――ああ。ひょっとして、情けをかけてくれたのだろうか。

嬉しかった。街を見下ろせる、岩山の上に振り落とされたのは。素晴らしい。ここからなら、死んでからも故郷を見下ろし続けることができる。

振り落とされた女勇者は、立ち上がると最後の瞬間を待った。

己を一撃を。


  ◇


―――ああ。なぜ、そのような晴れやかな笑みを浮かべてくるというのだ!

旋回し、攻撃体勢へと入りつつある乗騎。その背で、客人はただ、見つめていた。

前方の敵を。純白の衣を纏い、小脇に首を抱えた美しき武人が、まるで己はここだと示すかのように、右腕を横へ広げたのを。

尾根伝いに飛翔する。左右どちらに逃げても、逃げ場などない。得物があったとしても岩肌ではを作ることはできぬだろう。だからか。だからこそ彼女は、こちらをしっかりと見据え、死を待っているのだろうか。

ならば、己の役目はただ一つ。彼女を死の旅へと、ならない。

最後になるであろう攻撃。乗騎へと命じたのは、竜の吐息ドラゴンブレス

岩石すらも溶かし尽くす、強烈な火炎が敵手を呑み込んだ。


  ◇


葬送とは、安息の魔法である。死者を殺すためにあるのでは、ない。


  ◇


―――馬鹿な。

敵手が炎に包まれるとき、客人は彼女と目が合った。しかし、それもほんの一瞬。前進し、敵をその場に置き去りとしていく乗騎。

その背から振り返った客人は驚愕していた。

敵手が、炎の中で健在だったから。

周囲は溶融している。にもかかわらず、彼女自身には毛ほどの被害も、与えられていなかったのだ。いや、腰に巻いた帯代わりであろう縄だけが、焼き尽くされてはいったが。

ありえない。

ありえないが、これで分かった。己には、彼女を殺せぬ。武技で負けた。竜の炎でも焼けぬ。もちろん腕力で勝てるはずもない。ならばどうやってあの武人を屠ればよいのだろうか。

完敗だった。

それに。

客人の使命は、人の類を脅かす怪物どもと戦う事だった。を殺すことではない。

己の敗北を認めた客人は、乗騎へ命を下した。山裾の街へ戻るために。

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