魔法抜きならたぶんくっころ最強のデュラハン(つおい)
―――馬鹿な。
客人は、愕然としていた。
なのに。
何故、敵は眼前に跪いている!?
信じがたい身軽さだった。敵手は逆手に構え、肘を引っかけた戦斧を
戦斧は手放している。右手が握っているのは竜の鱗だった。
そして左手。この期に及んでも抱えられた生首。その唇が、動いた。
か
え
り
た
い
、と。
客人は悟った。敵の目的を。
彼女はただ、帰って来ただけなのだ。故郷へ。
だが。
「―――駄目だ!
死者たるあなたを街に入れるわけにはいかぬ。いかぬのだ!
去られよ!」
重量過多で乗騎が傾く。この重さでも飛べぬわけではないが、敏捷性が著しく低下するのだ。
山裾に沿って飛翔。空気だまりを見つけ、上昇していく乗騎。
それを足で操りながらも、客人は対話を続けようとした。彼女はまだ正気が残っている。翻意させなければ!
しかし。
彼女は、涙を流した。左腕に抱えられた生首。その両の眼から、悲しみの証をあふれさせたのである。
―――ああ。この方は、決して諦めぬ。
客人は決意した。この女人を殺さねばならぬ。彼女は、殺されねば決して止まらぬだろうから。
場所を選ぶ。街を見下ろせる、岩山の尾根。あそこがよい。
乗騎は、主人の意志に従った。
◇
―――ああ。空は、広いんだな。
敵乗騎へと飛び乗った女勇者は、眼下の光景に目を奪われていた。美しい。
そして、眼前の敵。彼は、自分の意志を理解した。どれほど久しぶりなのだろうか。人間と、対話が成り立ったのは。どころか、自分を気遣ってくれている。あの異界での出来事を除けば、死んで以来初めてではあるまいか。
だが、彼の言葉に従うわけにはいかぬ。まだ目的が果たされていない。何故、故郷があのように変わり果てていたのか。私の知己はどうなっているのか。それを知るまでは。
恐らく、説得できぬと知った
やむを得ない。元々、死ぬ危険も計上済みだった。
竜が、急激に姿勢を変える。振り落とされる!
投げ出された女勇者。その体は、大地へと叩きつけられた。岩肌へと。そこは奇しくも、帰ってきて初めて故郷を見下ろした場所。
―――ああ。ひょっとして、情けをかけてくれたのだろうか。
嬉しかった。街を見下ろせる、岩山の上に振り落とされたのは。素晴らしい。ここからなら、死んでからも故郷を見下ろし続けることができる。
振り落とされた女勇者は、立ち上がると最後の瞬間を待った。
己を葬り去る一撃を。
◇
―――ああ。なぜ、そのような晴れやかな笑みを浮かべてくるというのだ!
旋回し、攻撃体勢へと入りつつある乗騎。その背で、客人はただ、見つめていた。
前方の敵を。純白の衣を纏い、小脇に首を抱えた美しき武人が、まるで己はここだと示すかのように、右腕を横へ広げたのを。
尾根伝いに飛翔する。左右どちらに逃げても、逃げ場などない。得物があったとしても岩肌では避難所を作ることはできぬだろう。だからか。だからこそ彼女は、こちらをしっかりと見据え、死を待っているのだろうか。
ならば、己の役目はただ一つ。彼女を死の旅へと、送り出さなければならない。
最後になるであろう攻撃。乗騎へと命じたのは、
岩石すらも溶かし尽くす、強烈な火炎が敵手を呑み込んだ。
◇
葬送とは、安息の魔法である。死者を殺すためにあるのでは、ない。
◇
―――馬鹿な。
敵手が炎に包まれるとき、客人は彼女と目が合った。しかし、それもほんの一瞬。前進し、敵をその場に置き去りとしていく乗騎。
その背から振り返った客人は驚愕していた。
敵手が、炎の中で健在だったから。
周囲は溶融している。にもかかわらず、彼女自身には毛ほどの被害も、与えられていなかったのだ。いや、腰に巻いた帯代わりであろう縄だけが、焼き尽くされてはいったが。
ありえない。
ありえないが、これで分かった。己には、彼女を殺せぬ。武技で負けた。竜の炎でも焼けぬ。もちろん腕力で勝てるはずもない。ならばどうやってあの武人を屠ればよいのだろうか。
完敗だった。
それに。
客人の使命は、人の類を脅かす怪物どもと戦う事だった。人間を殺すことではない。
己の敗北を認めた客人は、乗騎へ命を下した。山裾の街へ戻るために。
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