※力ある魔法使いはレアです(むやみに博識な親友はもっとレアです)
―――ああ。終わってしまった。血が足りない。もっと血を浴びたい。血が欲しい。
女勇者は、敵が肉塊と変わり、生命を失ったことを残念に思った。本心から。死体はもう、暖かい血を噴き出さないのだから。
完膚なきまでに破壊された
武装をこちらへと向けてくる村人らの瞳に宿っているものは、恐怖。
―――なんで?助けて、あげたのに。
女勇者が一歩、歩み寄る。
対する村人たちは、三歩、後ずさった。
それは、両者の間に横たわる距離を示していた。物理的なものだけではない。関係性そのものの。
村人たちは見ていたのだった。女勇者が、
女勇者は人間ではなかった。ただの、不死の怪物。言葉通りの
そのことを悟った彼女は、
包囲する男たちは、進路を阻みはしなかった。後ずさり、道を開けたのである。
彼らが最後に見たのは、トボトボと、まるで見捨てられたかのように去っていく、
哀れな
◇
空に浮かぶのは、雲のかかった月。女勇者はそれを大の字になりながら見上げていた。傍らには戦斧。そして、洞窟から持ってきた生首。
―――ひどいなあ。『たすけて』って口にすることさえ、できないだなんて。
そんな事を想う。
あまりにも己が哀れだった。目的のない生命。もとより生きることは目的を求める事ではあるのだが、今の自分にあるのは死から逃れるためだけの、偽物の命のみ。
ふと気になって、己の首を持ち上げ、眼前へと持ってくる。この期に及んで瞼をしっかりと閉じ、目を見開こうとしない臆病な自分の顔が、そこにあった。
―――こいつめ。ほら。目を開けて、しっかり見ろ。
瞼を開くのには、凄まじい意志力が必要だった。
目が合う。
首を持たぬ胴体から生えている霊体の頭。それと、生首との視線が重なったのだった。まあ生首は肉眼だから、霊の頭部は見えぬのだが。
自分同士で視線を合わせるという稀有な経験。
肉眼で見下ろした己の肢体は、控えめに言っても酷いもの。血まみれで、片腕と腹部がなく、鎖骨が切断された首なし死体。村人たちが畏れたのも無理はない、と、女勇者は苦笑する。自分だって知らずに今の己を見たら、凶悪な不死の怪物だと思うだろう。
そう。
今の自分を受け入れてくれる者は誰もいない。闇の軍勢ですら畏れる化け物を、誰が救ってくれるというのだろうか。
身を起こす。決心がついた。
死のう。
たったそれだけを決めるのに、一体どれだけの時間がかかったのだろうか。
死ぬのは簡単だった。頭部に、戦斧を振り下ろすだけで死ねる。女勇者は、直観的にそれが己の急所だということを悟っていた。
首を、地面に置く。立ち上がる。斧を拾う。振りかぶる。
―――斧を、振り下ろす。
大地へとめり込む斧。
そう。大地へと。
紙一重の所で目を見開いている、無傷の生首。
斧は狙いを外したのだった。女勇者の生首は、己の胴体が、自分めがけて戦斧を振り下ろす瞬間をしっかりと目にしていたから。この期に及んで死ぬことすらできぬ、己の臆病さに嫌気がさす。
これで分かった。自分は、自分を殺せないと。
誰かに殺してもらうしかない。
―――ああ、でも、そうなったら自分は必死で抵抗するのだろう。そうしたら相手を殺してしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。どうすればいいんだろう。
もう一度、己の体を見る。ボロボロの、首なし死体を。
思えば、あの敵将との一騎打ちは最後の機会だったのだろう。殺してもらうための。
ならば。
―――戦場を、巡る。
それしかなかった。闇の種族を襲う。己が朽ち果てるまで、戦い続けるしかないのだ。いずれは殺してもらえるだろう。
首の前に、戦斧の柄を差し出す。開いた口で、しっかりとそれを噛みしめ固定できたことを確認すると、女勇者は立ち上がった。
探すために。
もはや最後の希望となった、闇の種族の軍勢を。
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