第二話 なんいど:べりーはーど
やっぱり師匠とかやたら博識な親友って必要よね(今まではむしろイージーモードだったのでは…)
傷が、癒えない。
雨が降る中、洞窟に身を隠した女勇者の傍らには、巨大な戦斧。そして自分自身の首。
彼女の肉体には、幾つもの深い傷が残されていた。炭化し、欠損したままの左腕。砕かれ、半ば切断された左肩。右脇腹は溶かされたままだし、胸も大きく穿たれている。無数の細かい切り傷は数えきれないほど、全身にある。そして首の断面。
これほどのダメージを負っているにもかかわらず、血は一滴も流れ出ない。死者の肉体に血は通わぬからだった。そして、けだるさ。
あの城塞より逃れて、もうじき半月が経つ。だが、女勇者は一睡もしていなかった。眠りたかったが、方法が分からぬのである。肉体的な苦痛も疲労も、どころか空腹すらも存在しないが、それとは別、精神的疲労は蓄積する一方だった。そして、寒さ。魂そのものがまるで削り取られていくかのように疲弊していくのだ。
己はきっと、このまま狂い、そして人に仇なす化け物となってしまうのだろう。
そんな事を想う。
せめて暖かい寝床が欲しかったが、それすら今の女勇者は何も感じないだろう。あのままいっそ、友軍に殺されていた方が楽だったかもしれぬ。
だが、死ぬのは怖い。
―――どうしよう。
後、思いつくのは、賢者か魔法使いを頼ること。だが、こんな体で出歩けばどうなることか。
結局できる事と言えば、こうして縮こまっていることだけ。
だから、彼女はぼぉっとしながら、外を見ていた。
◇
女勇者がその音に気付いたのは、雨が止んだからだった。時刻は深夜。月の出ていない晩である。
彼女は傍らの戦斧を手に取ると立ち上がった。近い。少なくとも、彼女の驚異的な身体能力にとっては。
関わる必然はなかった。だが、半月もの間まったく気が休まらず、狂う寸前にまで追い詰められた彼女には、変化が必要であった。
首をその場に置き去りとすると、女勇者は走り出した。
◇
少年は、瓦礫の中にいた。
柵と結界を破って村に侵入してきた魔獣は、身長10mにも及ぶ大物であった。全身を鱗に覆われ、首と尻尾は短く、巨大な鉤爪を備えた前肢で土を掘り進むそいつの名を
夜間、就寝中だった少年の家は、この怪物の尻尾の一撃でたやすく半壊した。槍を持って家の外に飛び出した父は食い殺され、倒れた柱に巻き込まれた母は圧死。少年だけが運よく助かったのである。
だがそれも時間の問題であった。外で暴れている
梁が崩れて来たとき、彼は目を閉じた。
されど。その瞬間は、いくら待っても来なかった。降って来た梁は、途中で支えられたからである。少年を救った者が備えるとてつもないパワーは、苦も無く梁を持ち上げたのだった。
目を開けた少年。その眼前にいたのは、控えめに言っても化け物であった。左腕と首。そして脇腹を欠損し、他にも多数の損傷を受けた不死の怪物だったのである。
そいつは支えた梁を投げ捨てると、残された腕で少年の足元の瓦礫を持ち上げた。
「あ―――」
少年のうちに広がったのは、恐怖。不死の怪物はそれを読み取ったのであろう、わずかに後ずさる。だが、それも一瞬。少年を脇に抱えると、怪物はすぐさま家の外へと飛び出した。
九死に一生を得た少年は、地面に降ろされる。彼はすぐさまおき上がると、己を救った不死なる怪物へと再度、視線を向けた。
見えたのは、女の背。大地へと突き立った戦斧を引き抜き、そして歩き出した彼女の向こうにいたのは巨大なる魔獣であった。戦うつもり、なのだろう。おそらく。
少年は、ひょっとして己が、とてつもなく酷いことをしてしまったのではないかという事実に気付いた。あの不死の怪物は、己を傷つけなかった。いや、救ったではないか。
だが、謝罪の言葉は出なかった。いや、声をかける前に、女は走り去ったのである。
少年は、謝罪と感謝の言葉を口にする機会を永遠に失ったのだった。
◇
―――ああ。やはり私はもう、化け物なんだ。いや。何を期待していた?感謝の言葉をかけてもらえるとでも思っていたのか?
救ったはずの少年より拒絶された女勇者。彼女の内を占めていたのは諦観。戦斧を引きずった彼女は、しっかりとした足取りで前へと進んでいた。敵へ向けて。森の中にある村。その広場を横断し、前方の魔獣へと接近しつつあったのだ。
奴は壊れた民家に首を突っ込んでいる。食事の最中なのだろう。背中から頭部にまでトサカのような骨格が伸びているのが分かった。明らかに頑強そうだ。
素晴らしい。壊し甲斐がある。せめてこの内心のイライラをぶつけてやらなければ、女勇者は狂ってしまう。いや、まだ正気が残っている保証はないが。
右手には例の魔法の戦斧。振るうための腕力は十分だが、重すぎてバランスが難しい。だがあの巨体相手なら問題あるまい。適当に振り回しても命中する。
その考えが甘かったことを知ったのは、女勇者が戦斧の間合いに踏み込もうとしたときだった。
危険を察知した
―――な。
冷静に考えてみれば当然ではあった。普段地中に住まい、穴を掘りながら生活している生物である。運動能力は有り余っているだろう。
そして、それで終わりではない。家々から飛び出してきた男たちを跳ね飛ばし、踏み潰し、家屋にぶつかって倒壊させながら、
魔獣にすら己を否定された気がして、しばし呆然とした女勇者。されど彼女はすぐさま気を取り直すと、走った。敵へ向けて。恐るべき速度で怪物の進路へと割り込み、戦斧を振り下ろしたのである。
―――GYYYAAAAAAAOOOOOOOOOOOOON!?
怪物の前肢が千切れ飛んだ。噴き出した鮮血が、女勇者の全身を濡らす。
暖かかった。女勇者が既に失ったもの。すなわち血潮には、生命の力が満ち溢れていたから。
浴びたい。もっと、血を浴びたい。
もう一度斧を振り下ろす。引き抜く。噴き出す血。そこへ身を晒す。暖かい。なんて、心地よさ。
もう一度。もう一回。
何度も何度も斧を振り下ろし、そのたびに
やがて、魔獣が破壊し尽くされ、血も噴き出さなくなったころ。
そこに佇んでいたのは、全身から鮮血を滴らせる、壊れた女体だった。
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