第三部 竜の乙女編 (主人公:女勇者)
第一話 女勇者、死す
というわけで三代目主人公はこの方になりました(通算四人目)
「くっ!殺せ!!」
応えるかのように振り下ろされたのは、鋭い刃。
視界が落下。かと思えば転がる。
―――ああ。呪ってやる。来世があるならば生まれ変わり、貴様らを八つ裂きにしてやる!!
湧き出してくるのは、強烈な怒り。
転がり落ちたのは、己の首。視界が急激に回転し、憎き仇。そして首の断面と、つい先ほどまで己のものだった肉体が映る。
最後に見上げたのは、月。
―――死にたく、ない。
女勇者は、その瞬間。死を、呪った。
◇
―――寒い。辛い。苦しい。
石造りの室内。半地下の地下牢は寒気が入り込み、どこまでも冷え切っていた。そんな中。
鉄格子がはまった窓の外。視界の隅に入ったのは、暖かそうな肉体。おかしなものだ。寒さに震える
―――私はどうなったんだっけ?あいつらに捕まって、凌辱されて、それから……
思い出せない。だが、どうだ。手は動く。足も動く。立ち上がれる。
体は冷え切っているが、死んでいないのであればなんとかなる。動いているうちにきっと温まるはず。
着衣は引き裂かれた。剣は奪い取られた。神のご加護を受けた祭器である。取り戻さなければ。秘所からは腐汁。口からも、全身を犯し尽くされたが、それでもまだ自分は生きている。
女勇者は、そこまで確認すると、身を起こした。
手で触れて、四肢の状態を確認する。手も足もある。顔だけは触らぬ。散々殴られた。きっと酷い事になっているだろうから。どうやら欠けているところはない。
牢屋の鉄格子に近寄る。外は誰もおらぬ。そっと触れてみると、入り口は開いた。なんと不用心な。まだ自分は生きているというのに。きっと、もう抵抗などできないものと思っているのであろう。敵の不覚に、女勇者は感謝した。これぞ太陽神のご加護か。生きて戻れれば、神殿でしっかりと感謝の祈りを捧げておこう。
素早く外へ出る。石造りの牢屋。その廊下を抜けていく。ここは闇の種族の軍勢が根城としている城砦である。それもかなり大規模な。人の類の領域へと本格的に侵攻を開始した奴らにとってここは前進基地なのだ。
女勇者は急いだ。彼女と仲間たちは、城の内部を探るべく忍び込んだのである。だが発見され、仲間たちは殺された。女勇者だけはこうして生きているが。自分ひとりであっても任務を果たさねばなるまい。
おっと。
曲がり角まで来た。そこで停止し、角の向こう側を探る。
―――目が合った。
向こうから来る
にもかかわらず、奴はこちらに気付いた様子がなかった。夜目が利く闇の種族だというのに不思議なものだ。運がよかったのだろう。
角に引っ込み、待ち構える。やがてやって来た
血まみれになった、己の腕を見下ろす。いつの間に、こんな剛力が。
分からない。分からなかったが、この際好都合であろう。
女勇者は素早く移動を開始した。
◇
闇の軍勢の城砦前。
そこに集結しているのは人の類の軍勢。彼らは、日の出とともに城砦へと攻め寄せるつもりなのだ。日が昇る寸前、強力な魔法によって城門を破り、そして陽光の加護を得ながらなだれ込む算段であった。
もちろん、要塞に立てこもる者どももそのような敵軍のたくらみは承知している。城壁より投下されたのは多数の死体。今まで闇の軍勢が殺した人の類の兵士や神官たちが、邪悪なる闇の魔法によって黄泉還ったなれの果てであった。彼らは起き上がると、かつての友軍へと押し寄せる。日の出まで魔法使いを近寄らせなければよいのだ。そうなれば、陽光によって減衰する魔法は城門を破壊できまい。もちろん外に放置された
激突する両軍。
彼らはまだ、城砦内部で動き出しつつあった女勇者の事を知らない。
◇
城砦内部が慌ただしい。
女勇者は疑念を持った。予想より味方の動きが早い。女勇者たちの帰還を待ち、その情報を精査したうえで攻め込むはずだったのだが。ひょっとすると自分はかなり長い間気を失っていたのではないか。ことによると数日。
ともあれ、こうなれば己がやるべきことは変わった。味方の支援である。最も良いのは城門を内側から開ける事であろうが、まさか敵が攻めよせているというのに城門に兵がおらぬということはあるまい。ならば比較的手薄な場所。塩や糧食が置かれた倉庫を焼くのがよかろう。幸い、城砦内はそこかしこで篝火が焚かれている。火には不自由すまい。
彼女は地上へ出ると、夜闇に紛れて行動を開始した。手にはさび付いた鉈。
と、その時。眼前に
醜悪な面構えのそいつは、雄たけびを上げた。敵の侵入を味方へと知らせるべく叫んだのである。
―――GUOOOOOOOOOOOOOOO!
まずい、仲間に知らされた!
女剣士はそいつを切り捨てると、走った。
◇
敵侵入の報を受けた
前方にニンゲンの姿。動きが素早くてよく見えぬが、どうやら半裸の女である。奇妙な侵入者であった。まさかあのような格好で侵入するわけもなし。十日ほど前にとらえて処刑した侵入者にも女がいたそうだが。
む。しめた、その奥は行き止まりだ!!
さあ、行くのだ!!
◇
建物の合間、眼前には壁。
追い詰められたことを悟った女勇者は振り返ると、槍を構えた敵勢に向き直った。こうなれば止むを得まい。最期の瞬間まで戦い抜くまで。
敵勢は隊列を組むと、こちらへ向けて槍衾を作った。己は死ぬであろうが、せめて一太刀なりとも。
踏み込んだ女勇者は、常より体が軽い事に気が付いた。信じがたい敏捷さで動けるのである。迫る槍が、酷くゆっくりに見えた。
それらを苦も無く手で払うと、彼女は手にした鉈を振るった。
ただの一撃で、三匹の
隊列の向こう側にいる、羽飾りを付けた
◇
羽飾りを付けた醜悪な怪物にして
炎の精霊への祈願が聞き届けられ、近くの篝火から火矢が飛び出したのと、敵が投じた槍が彼を貫いたのは同時。
死にゆく
直後。
彼の意識は闇に堕ちた。
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