第二部完(たぶん)

深き森の中。

鞍も轡も、手綱も、いや、頭部すらも持たぬ馬にまたがっているのは、角を持ち、闇の法衣に身を包んだ娘。そして彼女を大切に抱きしめる、首のない、甲冑で身を守った女戦士であった。その首は娘の両腕で抱えられ、どこかはかなげな、しかし幸せそうな笑みを浮かべている。

ゆっくりと進む馬に付き従うのは、巨狼の霊。そして、もう一頭。女神官たちへの使者として勤めを果たした若い狼である。

彼女らは、帰途にあった。

娘は、手の中の首と、己を背後から抱きしめる胴体、どちらへ語り掛けようか悩み、そして首へと話しかけることとした。

「母上。

これで、帰れるのですね?」

「……ぉ……」

「もう、あの昏いところに帰らなくてもいいのですね?」

「………ぅ……」

「母上。これからはずっと、一緒に暮らせるのですね?」

「…ぁ……ぁ…」

「ははうえ……」

娘は、母の生首をぎゅっと抱きしめた。

木々の合間を縫って、月光が差し込んで来る。

こうして、闇の者どもに弄ばれ続けた女戦士は、最後に小さな幸せを手にし、去っていった。


  ◇


太陽が沈むと同時。山脈の頂上に開いていた巨大な穴が、完全に崩落していった。見えざる素手まほうによって破壊されていくのである。最後の仕上げであった。

神殿を破壊し尽くし、そして上空より降り立ったのは十三枚の翼を持つ女神官。これで、彼女らの任務は完全に終了したのだ。

神器は結局、闇の神霊が滅ぶと同時に沈黙した。もとより損傷が激しかったため、自律的な知性を維持できなかったらしい。それでも本来の持ち主たる鋼の戦神マシンヘッドの命令があれば損傷を自己回復したであろうが。半ばに動いていたのであろう、とは女神官の推測である。

そして、地下神殿に存在していた神官や闇の者どもは、大半が滅んだ。戦いの場にその多くがおり、そして神器が停止したことで蘇生されることもなく死んだままとなったからである。守護者を失った神殿内部の捜索は簡単ではあったが骨が折れた。凄まじい広大さを誇っていたからである。それでも何日もかけ、残党を駆逐し、書庫より奪われた魔導書類を発見した一同は歓喜した。その全てがそろっていたからである。盗み出す際に用いられた魔法の革袋も発見された。これで、奪われた書だけではなく、神殿内に収められていた様々な書籍や宝物、その全てを運ぶ手段が得られた。一行は、それらも略奪していったのである。神代の時代の魔法書すら存在していた。

そして、探索を一通り終えた一同は、最後の仕上げに取り掛かった。地下に住まいし流血の女神の神殿。その破壊である。

神器を動かすことはできなかったため、女神官がその知りうる知識の全てを用いて封印をかけた。彼女以上の知識がある者―――おそらく、神器の欠片を持つ女騎士以外にはおるまいが―――でなければ、問題の蒼き神器を蘇生させることはできまい。その上で、彼女の半神としての権能で、神殿を破壊し尽くした。現在行ったのはその仕上げであり、鋼の戦神マシンヘッドの神器は地の底深くへと封印されることになったのだった。

崩落し、結果として丸ごと陥没した格好となった山頂。それを見下ろすのは首を繋いだ女剣士、そして例の革袋を担いだ黒衣の少年だった。そこへ、上空から女神官が降りてくる。

女戦士は、魔導書の奪還及び神殿内部の掃討が終了した時点で使命クエストの効果が終了した。本人は神殿を破壊するまでは付き合う気だったようだが、女神官は、罪を償い終えたと解釈し、彼女の離脱を許した。もう会うことはあるまい。

「お疲れ様でした。

しかし、恐ろしい力でしたね」

「……ぁ」

「いや、あれでもおそらく、本来の力の千分の一ほども発揮してはいないさ」

仲間たちの意見に女神官は苦笑。

「考えてみたまえ。あれはだぞ。それ以外はおまけだ。振り回すだけの腕力にも技量にも恵まれていない主人が手にしたところで、どれほどの事ができる?」

「言われてみれば……」

「この世界で神器を扱えるだけの力を持つものなど、いたとしても神獣くらいだろうな。それももう、この世からは消え去った。残る神器が力を発揮する機会は永久に訪れまいよ」

女神官の言葉に納得する一同。

「ま、それですらあんな強力な存在を召喚できるんだ。誰にも触らせないのが一番だろうさ。特に、神器と鋼の戦神マシンヘッドの魔導書は近づけてはいけない」

回収した書の管理は、以前より厳重なものとなるだろう。管理者としての神官や祝福による防御だけではなく、魔法による防壁や、あるいは魔法生物の守護者を設置する必要もあるかもしれない。

そんな事を考えながら、女神官は術を完成させ、そして翼を納めた。

「さあ。帰ろう。我々の故郷に」

「はい」

「……ぅ……」

星々が照らす中、―――三人と一振りは、旅のはじまりたる港町へ向けて歩き出した。

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