さて復習のお時間です(復讐じゃないのか)
「侵入者だと?」
城砦内部。城門の上より戦況を眺める将へとその連絡が届いたのは、朝日も近づいてきた時間帯であった。
将の姿は怪異であった。肌は紅玉のように赤く、黒い眼球に黄金の瞳。瞳孔は縦に裂け、額と左右側頭部、三本の角が伸びている。均整の取れた肉体を戦衣で包み、傍らにある長大な戦斧は力ある魔導の器であろう。妖魔族。それも、神話の時代の力を色濃く残した上位種であった。
妖魔の将は、届けられた一報に思案。
「城門を固めろ。この状況でわざわざ侵入してきたならばそこが狙いのはず。あと、倉もだ。焼かれてはかなわぬ」
必要な指示を出し終えた将は、再び下方。人の類と不浄なる怪物どもが激突し合う地獄へと目をやった。
ふむ。月齢もそろそろよくなったころ。本来ならば、あの女の屍から強力な
自軍有利な戦況を見下ろし、そのような思索にふける妖魔の将。彼は、知らなかった。まさしく今、報告を受けた侵入者と、彼がどのように扱うか思案している女は同一人物なのだということを。死を呪ったことで、彼女は自分自身に魔法をかけたのだということを。城砦内部を、強力無比なる
彼は、知らなかった。
◇
―――腕をやられた!
女勇者は、半ば炭化し、脱落した左腕を見下ろした。敵の魔法によるダメージである。不幸中の幸いで、それ以外の負傷を受けることなく敵を退けることには成功したが。いくつか槍が体に当たったと思ったが、かすり傷一つない。恐るべき強運であった。
しかし、炭化すると痛みすらも感じぬものなのだな、と女勇者は苦笑した。今は笑っていられるが、きっと後で悲惨な事になるのであろう。腕は再生できずとも、せめて傷口は癒さねば。
そこまで思案した彼女は、神に祈った。己の魂。その奥底に築いた祭壇を通じて、太陽神の加護を請願したのである。
―――何も、おきない。
願ったのは治癒。欠損した部位を癒すことはかなわぬが、炭化した部分を回復させることはできるはずだったのに。
いや、それどころか、感じない。祭壇の向こう側、強壮なる存在感を常に放っていたはずの太陽神。夜、眠っていても衰えぬはずのその聖威を、女勇者は全く感じなくなっていた。
神とのつながりが、途絶えている。
―――嘘。
女勇者の人生は神と共にあった。神殿で育てられ、信仰を深め、武術を学んだ。闇の者どもより人々を守ることを誓い、幾多の戦いに参加した。神とともに。神のために。
なのに、神の声が聞こえぬのだった。
いったい、どうして。
分からない。
混乱する彼女。その耳に、がやがやと迫る者どもが立てる音が、入って来た。先ほどよりも多い。その事実は、曲がりなりにも彼女の正気を取り戻す役には立った。女勇者の武人としての部分は、分からぬことを後回しにさせたのである。
ここは袋小路。戦うよりほかはない。
彼女は握ったままだった鉈を構えた。
◇
なんだ。何が起きている!?
城砦内。敵を追い詰めたはずの袋小路から響くのは絶叫である。
部下を突入させた指揮官の一人、
雑兵とは言え百近い者どもを角の向こうへ突入させたというのに、響き渡るのは部下どもの悲鳴のみ。それもたちまちのうちに聞こえなくなった。
篝火の向こう、闇の中より現れたのは一人の女人。
麗しいその爪先は血と汚泥にまみれた素足。視線を上げれば、身を覆い隠すはずの衣は引き裂かれ、もはやボロ切れである。秘所を隠すこともなく歩み出て来たその肢体は流麗だが、右手の鉈と、そして欠損し、半ばから炭化した左腕が痛々しかった。
だが何よりもそいつには、首がない。
死体であることは明白。
そう。死者が自ら歩き、闇の軍勢を撫で斬りとした上でここまでやって来たのである。
恐ろしく強力な
即座に詠唱を開始した
白兵戦は避けられぬ。それを悟っていた
右手の剣で女の鉈を受け流した
凄まじい勢いで女の腹を溶解させていくものの正体は、酸。
―――いけるか。
魔法による攻撃が背骨まで迫り、
その時だった。振り上げられた女の脚。それは、密着するほど接近していた
無理な体勢ですらその威力。
大地へと転がった
◇
―――おかしい。何故だ。どうして私は死なない!?
女勇者は混乱の極致にあった。
腕が焼け落ちた。腹も半ば溶かされた。なのに自分は生きている。いや、本当に生きているのか!?
分からない。この期に及んで痛みはない。だが意識ははっきりとしている。何やら深刻な倦怠感こそあるものの、それ以外は問題なく動くことができるのだ。
彼女も、うすうすとは理解し始めていた。だが、認められなかった。そんなことを認められるはずがないではないか。
己が、もう。
生きていない、などということを。
そうだ。証明しよう。槍で刺されれば死ぬはずだ。剣で切られれば。斧で断たれれば自分は死ぬ。棍棒で殴られてもいい。いっそ魔法で殺されるか。そうだ。死んでみれば分かる。そうすれば、自分はまだ生きていると分かる。そうに違いない!
女勇者が残していた一筋の正気。それを守るために生じた狂気は、彼女を走らせた。
敵勢へと。
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