忘れたころにダーク成分をぶち込むスタンス(3話にはおぞましい怪物が出てくるという伝統)
喰われていく。
己の脳が。肝臓が。太腿が。それらの痛みが全部伝わってくる。
額に邪悪なる紋様が刻み込まれた全身骨格は、苦痛に悶えていた。
娘の―――黒衣の少年の姉は、生きていた。少年の理解は不完全であった。偽りの生命を与えられて
剥きとられ、喰われた肉が再生していく。また喰われる。その繰り返し。離れているというのに、全ての感覚が肉と繋がっている。
無限の苦痛が、少女を襲っていた。
狂う事すらできぬ。彼女に刻まれた邪悪なる魔力は、精神すらも再生させていったから。
―――ああ。殺して。だれか、死なせて……
それは永遠に繰り返されるであろう。彼女を食らう怪物。
◇
森の木こり小屋。
「さあ。しっかり食べたまえ。明日には走ってもらうんだからな」
「いただきます」
「……ぉ……」
女神官の前、小屋の中央の石で囲んだかまどの上にかけられているのは半球状の鍋。元々二人用だったが、女剣士が死者となったことでその潜在能力をフルに発揮する機会が失われていた。今日は久しぶりの全力発揮である。
晩餐は兎。解体され、よく茹でられたそれが各々の器に取り分けられる。
少年は、再生したばかりの右腕に悪戦苦闘しつつ、与えられた塩を振りかけて肉を食した。
「うまい…」
疲弊した肉体に滋養が行き渡る。彼にとってほぼ丸一日ぶりの食事だった。
「これは神官様が獲ってこられたんですか?」
「後半は肯定だ。前半はまだ厳密には違う。私は巡礼の途中でね。旅が終わった時、正式な神官になる」
箸で肉をつまみながら女神官。その言葉に少年は驚愕した。
「こんな凄い奇跡を使える方が、まだ修行中だなんて……」
「星神の導きだ。私は請願しただけだよ」
「……え?」
少年が怪訝な顔。眼前の女神官の法衣は水神のものである。聞き間違いだろうか。
女神官は苦笑。
「私は何から何まで異例づくしでね。信じてもいない星神が加護を与えてくれるのさ。代わりに水神の声は全く聞こえないんだが。なんでだろうな?」
問い返されても、少年にそんなことが分かるはずもない。
代わりに彼は、隣に座っている首なし女の方を向いた。
「異例と言えば、こちらの方も……」
「……ぁ」
女剣士が首を持ち上げ、少年の方へ向ける。その青白い美貌は苦笑していた。
口のきけぬ彼女に代わり、女神官が答えた。
「彼女は私と共に巡礼の旅の途中だったんだがね。道中、不浄の者に殺され、その姿にされた。彼女の魂にかけられた枷は私が解いたが、死者を生きた体に蘇らせるなんて芸当は不可能だから。けど、心は人間のままだ。少なくとも太陽神に黙認されているのは君も見ただろう?」
「はい……」
「腕は確かだぞ。幾ら私でも、彼女がいなけりゃ魔神がいるところに殴り込もうだなんて思わん」
言い終えると、女神官は鍋から新たに肉を取った。
◇
夕食を終え、かまどの火を落とそうとしたときの事だった。
入り口の扉。その向うから物音。
女剣士が首を置き、剣―――両手剣の方―――片手にそちらへ歩いていくと。
突如、扉が突き破られた。黒く毛むくじゃらで、指から凶悪な爪を伸ばした太い腕によって。
ちょうどその一撃を受ける位置にいた女剣士はしかし、微動だにしない。彼女は腕を掴み返すと、素早くひねった。
石が砕け散るかのような異様な音が響いた。
鉄扉すらもへしゃげる
その向うにいたのは、異様な生物だった。
亀の頭。熊の体。下半身から何十本も生えているのは蛇だろうか。
「―――
女神官が叫ぶ間にも、女剣士は相手を押しやった。
そのまま何倍もの質量を持つ相手を担ぎ上げ、地面に叩きつける。
怪物は、全身の骨格を砕かれて即死した。
「まずいです。あいつだけとは限らないんじゃ」
黒衣の少年が、外套を羽織りながら告げた。
小屋の外では、まさしくそれが現実のものとなりつつあった。女剣士の霊的な視界にとらえられている怪物。木々の合間から虎視眈々とこちらを狙っている
「―――囲まれた」
女神官が呟いた。
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