邪悪なモンスター判別装置としての陽光の有用性(便利)

黒衣の少年が目を覚ました時、夕日が差し込んでいた。

天井は木造。全身を奇妙な虚脱感が支配していた。

「……?」

頭がすっきりしない。何か、ついさっきまで必死に走っていたような……

飛び起きた。

右腕を見る。―――

肩口から先。シャツの袖が消えているが、そこにあったのは間違いなく己の右腕だった。食いちぎられたはずでは。一体何が。

困惑した彼は周囲を見渡した。

青白い美貌。土まみれのそれが、目の高さにあった。

ただしそれには重要な部分が欠けていた。

胴体。首から下がない、生首が、こちらへ虚ろな瞳を向けていたのである。

ギギィ、と視線を横へ向けた少年は、それを片手でぶら下げた全裸の女体を目にした。水も滴るいい女。

上を見る。

バランスのとれた肢体を下から見上げる格好となった少年は、そいつの首から上が欠損していることに気が付いた。

胴体のない首。

首のない胴体。

なるほど。論理的に考えればこれを組み合わせて一人なのだろう。

「……」

呆然と、首なし女体を見上げる少年は、やがて。

「ぎゃあああああああああああああ!?」

絶叫した。


  ◇


「やれやれ。失礼だよ少年。川を流されて来た君を見つけたのは彼女だぞ」

「……ぉ……」

水神の法衣を来た女神官と、そして甲冑を身にまとい腰に2本の剣を佩いた首のない女剣士。

眼前の余りにチグハグな光景に、黒衣の少年は頭がくらくらしてきた。

つい先ほど夕日が沈み、そして小屋の中に女神官が戻って来たのであった。彼女の言う通り、眼前の怪物―――もとい首のない女性は陽光で焼かれていない。邪悪な怪物ではないのだろう。

何でも、少年の右腕を癒したのは女神官なのだという。「快癒リフレッシュ再生リジェネーションの加護を使ったんだぞ。おかげでえらく疲れた」とは彼女の言。

右腕はぎこちないが、しかし動く。

「ああ。再生したとは言っても馴染むまでは使い物にならんよ。しばらく安静にすることだな」

「あ―――ありがとうございますっ!」

少年は頭を下げた。もはや剣を握れぬ体になったと思ったが、まさか癒えるとは。まだ若く見えるが、この女性は徳の高い神官なのだろう。

「で。何があったのかね?」

「……ぅ……」

問われた少年は、状況を思い出した。そうだ、一刻も早く助けを呼びに行かねばならぬのだ!!

「お願いします、助けてください!」

女二人はを見合わせた。


  ◇


少年とその家族は、近くの岩山に暮らす岩妖精ドワーフたち相手の行商で生計を立てていたのだという。

岩妖精ドワーフとは短躯にがっしりとした岩のような体格と髭もじゃの顔を持つ人の類の一種族である。暗視能力を備え、剛腕で我慢強く頑丈。頑固。鍛治と工芸に長け、大家族で洞窟に住むのが一般的だ。

そんな彼らが、住み家を拡張すべくツルハシを振るっていたとき、その空洞は出て来たという。

とてつもない広さの空間。地下洞窟であった。

奥にあったのは、祭壇。

明らかに尋常ならざる雰囲気を放つそれに、岩妖精ドワーフたちは急いで逃げ出した。仲間に知らせ、穴を封印するために。遅かったが。

外気にさらされたのが原因か、祭壇は突如目を覚ましたのだ。

その上に広がった闇。そこから身を乗り出してきたのは、言葉にするのもおぞましき怪物であった。

たちまちのうちに岩妖精ドワーフたちがそいつに殺され、そして噴き出した瘴気に当てられた死体は動く死体リビングデッドと化した。

たまたま商いに来ていた少年の両親も死んだ。姉は、額に何やら刻印を刻まれ、生きたまま死にぞこないアンデッドに変えられ、そして肉をむさぼり尽くされた。それはまさしくこの世の地獄だった。

少年は、怪物が召喚した異形の獣どもに追われ、逃げ出し、そして今に至る。


  ◇


「―――魔神デーモンだ。なんてこった。それは魔界へ通じるゲートだぞ」

顔面蒼白になりながら、女神官は告げた。博識な彼女は知っていた。問題の祭壇と、そして怪物の正体を。

その祭壇が、異界の怪物を現世へ招き入れ、かりそめの肉体を与えて繋ぎとめる働きをしていたのだろう。

放っておけば大変な事になる。強力にして邪悪な怪物どもが、どんどんこちら側の世界へと湧き出してくるということなのだから。

「速やかに、祭壇を破壊しなければ。それさえできれば、問題の怪物も肉体を維持できなくなって消滅するはずだ」

「……ぉ……!」

「だがどうする。放っておけばどんどん魔界の怪物は増える。近くの神殿に救援を要請する暇に手遅れになるやもしれん」

「…ぁ………」

「―――分かった。行こう」

女神官は、女剣士へ頷き返すと、少年へ告げた。

「少年。明朝、日の出とともに君は近くの神殿へ走れ。私たちも同時に件の洞窟へ向かう」

「ありがとうございます!

それと―――」

「分かってる。お姉さんだろう。きちんと、神の御許へ送ってあげよう」

「……お願いします!」

少年は、頭を下げた。

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