第三話 闇の祭壇

くっころ最大の露出に挑む(これより脱いでる女性キャラはおそらくおるまい)

肉が裂ける音。

そいつは、巨体だった。

大人二人分の高さはあるだろう。松明で照らされる暗い洞窟の中、天井にぶつからぬようだろうか。身をかがめていた。畸形的に巨大な頭部。落ちくぼんだ眼窩に宿すのは虚無。首から下はアンバランスに小さい。胴体があり、四肢がある。手足の先には鉤爪。全体は闇の色。裸の人間を極限まで醜悪に戯画化カリカチュアしたもののようにも見えた。

この世に在ってはならぬおぞましき、魔界の怪物がそこにいた。

そいつは食事の最中だった。晩餐は、若い娘。まだ生きているその娘を、片手で鷲掴みにし、もう片方の手。その爪を、犠牲者の背中から差し込んだ。

そいつは、肉から何かをつまみ出した。

背骨。

そこで終わらない。更に引く。

肉が裂け、まるで海老の皮を向くように、が姿を現した。

肋骨が、骨盤が。四肢の骨格。頭蓋骨。全身の肉が、きれいに剥け、全身骨格が露わになる。

怪物は、それを投げ捨てると、剥きとった肉を口へ運んだ。悪夢のごとき咀嚼音が場に響く。

だが、それですらまだ生ぬるいほどのおぞましさが、続いた。

犠牲者は、生きていた。邪悪なる呪いによって死すことが禁じられていたからである。

かつて娘だった全身骨格が、ガクガクと震え、救いを求めるように手を伸ばし、そして顔を上げた。

一部始終を見ていた黒衣の少年には、何もできなかった。

彼は、背を向け、その場より逃げ去った。


  ◇


月光に照らされし夜の森を駆けるのは、黒き疾風。

驚くべき軽快さの彼は、黒い外套を纏い、その下のシャツとズボン、ベルト。靴に至るまですべてが黒。

腰には大小二本の鞘が吊るされていた。

まだあどけない顔の彼は、年齢に見合わぬ険しさを顔に宿し、そして急停止しつつ旋回。

背後より跳躍してきたのは、獣。

犬に似ている。しかし、脚が蜘蛛のものに置き換わり、狂気を目に宿し、口から垂れ流す唾液は強酸。そんな生物はこの世にはおらぬ。本来であれば。

魔界獣アザービースト。魔界の魔力で変異した、あるいは魔界の怪物に憑依された獣の末路。

振り返りざまに振るわれた、黒衣の少年の右の剣。それはまさしく怪物の頭部を横から襲撃し、そして切り捨てる。更に慣性そのまま飛んできた怪物の死体を、左手が殴り飛ばした。

恐るべき剣技。

彼は踵を返すと、即座に走り出した。元々の方向へと。走っていた方角へと。

その後を追うのは新たなる魔界獣アザービースト

一頭だけではない。姿かたちも多種多様な怪物どもが、黒衣の少年を追尾していたのである。

うち、少年に追いすがったものが、即座に切り捨てられる。いや、少年がわざと追いつかせているのであった。先頭の怪物のみを相手にできるように。

巧みに多勢と渡り合う少年。だが、彼の体力もまた有限である。十と幾度目かの反撃で、とうとうしくじったのだ。

食いちぎられた、右腕。

咄嗟に左手で抜いたもう一本の刃が敵を仕留めるが、流血が止まらぬ。速やかに止血せねば生命を落とすは必至。

刃を収め、左手で傷口の断面を抑えるが流血が止まる気配はない。だが立ち止まって手当てする余裕などなかった。敵勢に追いつかれる。

いや。彼は追い詰められたことを悟った。

眼前に広がるのは、崖。そして滝つぼだったから。

背後には敵。止まれば死ぬ。

少年は、滝つぼへと身を投じた。


  ◇


朝日が昇る。

森の中、木こり小屋であろうか。川のほとりにある小さな木造の建物の裏である。

しゃがみこんだ女神官は、眼前で穴を掘っている全裸の首なし死体をじっと見つめていた。

「……ぁ……」

「え?そう見つめられると恥ずかしい?いいじゃないか、減るもんじゃなし」

「……ぉ………」

「はは、悪かったよ。おやすみ」

傍らに置かれているのは女剣士の生首。

青ざめていることを除けばその肌は張りを保ち、生きているようにしか見えない。怜悧な美貌であった。

野営の準備中である。

女剣士は今まで幾度か水葬も試してはみたのだが、浅い川だと陽光が差し込み、深い川だと寝ているうちに首が流されていくという珍事が起きたため、基本的には河川での水葬を避けることにしていたのだった。

「そういえば首だけ土葬にして体を水葬にしたらどうなるんだろう?」

「……ぅ…?」

「分からないか。せっかくだしやってみるかい?」

「…ぁ……」

もしそれが可能となれば、野営の際土を素手で掘り返す手間が大幅に削減される。試してみる価値はあった。

やってみるか、と首だけ埋めて、川の方へ行く女剣士。ちょうど小屋や木々が覆いかぶさり、陽光をかなり減衰させている。

と、そこへ。

上流からどんぶらこ、と流れて来たのは、なにやら黒い塊。

怪訝に思った女剣士が近づいてみると、それは―――

「うん、どうした?……人?」

それは、右腕を失った、黒衣の少年だった。

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