第二話 いんたーみっしょん

表現の限界に挑む自由(欠損のある女体って想像力をかき立てられるよね)

―――本当に何も感じない。

満天の星々を見上げながら、女剣士は思った。

その首から下は、川の流れの中、一糸まとわず大の字になって寝転がっている。生首は近くの岩の上。

森の中であった。

万に一つ、と思って自分の肉体の性能をすべく悪戦苦闘してみたが。やはりもう、自分は肉体的快楽を感じないのであろう。この時間帯に水の中に入っても冷たさが平気なあたり苦痛も。友人の知識はいつも正しいが、今度ばかりは間違っていてほしかった。

己は変わりすぎてしまった。陽光を受け付けぬ体。土の寝床。ほんの数日前なら、土の下で眠るなど考えられなかったはずだ。だが今はあの柔らかさ。暖かさ。心地よさ。自分にとってははふりこそが唯一の安息の時となった。友人によればなどでも同じ安息を得られるそうだが。実際水の流れはで、柔らかな布団を何倍にも気持ちよくしたような安息感はある。陽光が差し込むから寝床としては不適切だが。まあ色々な葬りのしてもいいかもしれない。いかに不死とはいえ火葬は勘弁願いたいが。

のろのろと起き上がる。水葬の心地よさから抜け出すのはつらいが、今日の行程がある。ただでさえ人目につけぬのだ。関所は瞬間移動テレポートで抜けられるとはいえ。

女神官曰く姿隠しコンシール・セルフ形状変化シェイプ・チェンジの秘術を身に着ければ、死にぞこないアンデッドの姿の問題は解決するとのことで、女剣士は必死に秘術の修練中である。まずは基礎知識から身に付けねばならぬので、初歩的な魔法を身に着けるだけでも後何年かかるか分からないが。そもそも己に才能があるかどうかすら不明である。剣一辺倒に生きて来たのに、まさか魔法とは。

それに術を身に着けても故郷には帰れない。あそこの入り口には結界があり、姿を偽った者を排除するからだった。神殿の力が強い都市は皆そうだろう。まぁ瞬間移動テレポートで潜り抜ける裏技があるが。これは極めて高等な魔法だった。

控えめに見ても女剣士の将来は暗い。

だが、それでも。

友人を悲しませたくない。彼女は自分より早く、老いか病で世を去る。ならばせめて、それを見届けるまでは生きよう。

女剣士は誓いを立てると、生首を拾い上げた。


  ◇


夜の森を歩く二人連れの姿があった。

女神官と女剣士である。

女神官は先の吸血鬼との戦いでボロボロになった法衣は繕われているが、やはり傷んでいるのは否めない。肩を並べて歩く女剣士は甲冑を纏い、小脇に首を抱え、腰に剣を二本佩いている。片方はあの吸血鬼から奪ったものであった。

先の戦いの後。彼女ら―――もちろん女剣士は見つからぬよう隠れていたが―――が火神の神殿へと駆け込み、吸血鬼どもの存在を通報したのである。火神の神官たちは速やかに戦力を取りそろえ、昼間のうちに古城を急襲した。首魁を失い、残った雑兵どもでは相手にならなかった事は言うまでもない。吸血鬼に生贄を捧げていた村落の扱いは周辺にあるいくつかの神殿の合議により決定するであろう。ついでにふたりが置き去りにしてきた荷物も戻っては来た。

こうして報復を完全に終えた二人だったが、それで女剣士の肉体が元に戻るというわけではない。偽りの生命で動いている彼女はもはや人界に行くことはできぬ。

困り果てた女神官は、二つの案を出した。一つは魔法。己の知る魔法を女剣士に伝授する事。魔法には教授に色々掟があるらしいが独学の彼女にとっては知った事ではない。もう一つが知人の死霊術師を頼ることである。故郷にいたころ、何故か街を訪れるたびに女神官へ会いに来てくれた旅の人たちである。彼らには大変かわいがられた。死にぞこないアンデッドにも彼らならば造詣が深い。女剣士が生きる道くらいは指し示してくれるかもしれぬ。が、問題は当人らが今どこにいるか不明という点だった。故郷で待ち構えていればその内会えようが、旅の目的を終えずに戻るわけにはいかぬ。

そこでふたりは、当初の予定を果たすことにした。各地を巡礼していくのだ。その間に女剣士が魔法を身に着ければ一石二鳥である。

「しかしいつも思うんだが、何故私に水神の法衣が与えられたんだ?まあ正確にはこの旅を終えればこの法衣が正式に私のものになるわけだが」

「ぉ……」

「謎だ。神の加護を受けられぬ神官など前代未聞だぞ。奇跡を行使するとき星神の聖句を唱えて奇異な目で見られたことが一体幾度あったか」

「……ぅ……」

「同期からも睨まれたよ。なんで水神の加護を得ていないお前が先に神官になるんだって。わたしも同意見だ」

「…ぁ……」

光の神々、人の類が信仰する神々を祀る神官は、いずれも人の類と闇の勢力との闘争の最前線に立つ役割が求められていた。完全な実力主義であり、それ故に巡礼の旅とは見分を広める修行であるのと同時に、生き残れるかの実力を見極める試験、という側面もあった。だからこそ人々は神殿に寄進し、神官を敬うのである。

火神の神官などはさらに過酷である。神官戦士団に入団するか、あるいは放浪の旅を続けて各地の闇の勢力と戦い続ける日々を3年の間送らねば正式な神官になれない。

これらの修行の審判者は神そのものだ。人間は補助に過ぎない。行使し得る加護と本人の徳の高さで正式な神官となれるかどうかが決まる。

本来ならば。

「……ぁ?」

「え?星神に聞いてみたらどうだって?神はそんなに都合よく答えてくれるものじゃない。不便だがね」

神との接触は危険を伴う。あまりにも巨大な存在であるがゆえに、人の魂が耐えきれぬのである。神官が修行を続けるのも、徳を高めること以上に神の力に耐えられる強靭な魂を鍛え上げるという目的があった。

「っと。愚痴ばっかり言ってても仕方ないな。魔法についてもおさらいするか」

「……ぁ……」

「言葉とは魔法だ。秘術は言葉を用いて万物に宿る諸霊の力を借りる。声は出なくてもいい。魂魄で語り掛けるものだから。けれど言葉の意味はきちんと理解していないといけない。魂の言葉だから」

「…ぅ……」

「言葉が変わろうが太陽は太陽だし、火は火だ。それと同じで、自分の中で言葉と意味がきちんと結びついてるか、そして正しく表現できるかどうかの方が重要だな。"あなた"と"お前"と"貴様"でニュアンスが変わるように微妙な言い換えも大切だし。まあ要は表現力と語彙力だ。あと想像力。霊の形を自分の中で具象化しないといけない。想像の中でくらいに。相手は霊なんだからこちらも霊でしか触れられないわけだ。握手もできない相手とは会話できないからな。で、 諸霊に簡潔かつ具体的に要求を述べればいい。あと褒めろ。相手が言葉に揺り動かされれば助力してくれる。」

「……ぉ……ぅ」

「君が覚えるまで幾らでも付き合う。安心していい」

女神官は、笑みを浮かべた。

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