珍しく星神が役に立ってる気がする(気のせい)

ええい。厄介な。

吸血鬼は、拳を振り下ろした。受け止めたテーブルは粉々に砕け散る。

まさか首なし騎士デュラハンにかけた制約ギアスの呪いを打ち砕くとは。恐るべき魔力である。吸血鬼の魔法使いとしての技量は高いが、奴はそれ以上ということだ。

外はまもなく夜。こちらも動き出すことが可能となるが、敵には首なし騎士デュラハンがいる。あれほどの魔法使いであれば魔力付与エンチャント・ウェポンの心得もあるだろう。召使どもでは勝負になるまい。

とりあえず出方を見た上で判断するか。

吸血鬼は決断すると、使い魔を飛ばした。


  ◇


夜の森を、女神官と女剣士が行く。

死にぞこないアンデッドである女剣士は夜目が利いた。先行して道を切り開く。

「ぉ……」

「そうだな。さっさと山を越えてしまおう。近くに火神の神殿がある。彼らなら助けてくれるはずだ」

「……ぅ」

「大丈夫。君の事は、逃げ切ったらゆっくり考えよう」

逃避行を続ける彼女らの様子。それを、上空から監視する目があった。


  ◇


まずい。

吸血鬼は思案する。

彼はこの地に隠れ潜み、支配している村を通りがかる旅人の生き血を啜って生きて来た不浄の者である。その存在が公にさらされてしまえば大変なことになる。昼間に太陽神や火神の神官たちが攻め込んで来ようものならば、一巻の終わりだ。

総力を挙げて奴らを始末するしかあるまい。

彼は、配下を総動員するべく部屋を出た。


  ◇


襲撃は、空からだった。

突如として出現したコウモリの大群。それが、女二人に襲い掛かったのである。

「っ―――!!」

咄嗟に伏せ、身を守る女神官。それを庇うべく敵を薙ぎ払う女剣士であったが、何しろ数が多い。奴らの攻撃は女剣士を傷つけぬとはいえ、女神官がこのままではやられてしまう。

かといって爆発的衝撃波フォース・エクスプロージョンの加護は使えぬ。傍の女剣士を巻き込んでしまうからだった。

女神官は覚悟を決めた。敵勢の襲撃の中すっくと立ちあがり、傷つきながらも万物に宿る諸霊への助力を求めたのである。

力ある言葉が完成し、魔法が発動する。

空気が、変質した。

女神官を中心とする広範囲の大気。肺の中まで含むすべてが、ある種の強烈な誘眠剤と化したのである。

眠りの雲スリープクラウドと呼ばれる秘術であった。

バタバタと落下するコウモリども。そして、自らをも巻き込んだ女神官もまた、崩れ落ちる。

死者であるがゆえに呼吸しない女剣士のみが無事だった。

慌てて友人を介抱する女剣士。その視線の先で、女神官は健やかな寝息を立てていた。


  ◇


波状攻撃しかない。

それが吸血鬼の出した結論である。

首なし騎士デュラハンはともかく女神官は生身の人間。魔法を無駄遣いさせ、常に攻め立て、疲労しきったところを叩く。

夜明け前が勝負だ。昨夜、だった時とは違う。首なし騎士デュラハンは埋葬により、昼間でも十分な活動を行えるだけの活力を蓄えているはずである。そうなれば、それこそ女神官を背負ってでも山越えを決行するだろう。

武装し、山中に陣を張った彼は、伝令の蝙蝠どもをせわしなく飛ばした。


  ◇


「!?」

視界の隅。

反射的に友人を突き飛ばした女剣士は、今ほど己のがよっつに増えていることに感謝したことはなかった。

飛来したのは石弾。それは寸前まで女神官の頭部があった場所を通り過ぎ、木立へぶつかったのである。

遠距離に敵の姿。一人ではない。姿は様々だが、幾人もの老若男女が手に弓矢を構え、あるいは投石器スリングを振り回し、こちらを追跡していたのである。

あくまでも遠距離戦に徹するつもりであろう。矢玉は魔力を帯びておらぬ。女剣士にはやはり効かぬが、女神官には致命的であった。いや、実を言えば矢は女神官にとって脅威ではなかった。彼女の故に。だが石弾も多数飛んでくる。

女剣士は歯噛みした。甲冑が必要なのは己ではない。女神官だった。

友人を助け起こし、そして身を盾にする女剣士。

大木の陰に辛うじて隠れた彼女ら。女神官は調息する。

瞬間移動テレポートが使えればよいのだが、女神官の技量では一度に一つのものしか移動させられない上にさほどの距離は移動できない。女剣士を先に移動させれば庇ってくれる盾を失い、絶命する事となるであろう。逆の場合友人が置き去りとなる。

思案の末、女神官は秘術を詠唱した。

降り注ぐ矢玉の中、友人の肉体に庇われながら、それは完成。

倍速ヘイストの魔法が二人の肉体に付与された。名の通り倍の速さで動けるという秘術である。

機を見て駆けだす両名の速度はまさしく疾風。放たれた矢玉は虚しく大地へと突き刺さった。

ふたりは、無事に敵勢を振り切った。


  ◇


やはり手ごわい。

そう結論付けた吸血鬼は、立ち上がった。自ら出陣する構えである。部下では埒が明かなかった。長引けば朝が来る。

こうなれば自らが刃を交えるしかあるまい。

そう結論付けると、彼はマントを翻した。かと思えばその身は巨大な蝙蝠へと変じる。吸血鬼がもつ闇の魔力であった。そして彼は、空へ飛び立った。

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