俺、次こそはデュラハンに触手鎧着せるんだ……(無理なフラグ)
女神官は、即座に踵を返すと扉を閉めた。大急ぎで詠唱。万物に宿る諸霊の助力を引き出す。
「ふぅ……」
この魔法は、扉の強度を鋼鉄並みにした上で膨れ上がらせ、周りに食い込ませる秘術である。いかな
二度目の衝撃。扉がきしむ。
「……」
三度目。わずかだが扉が歪んだ。
女神官の額に冷や汗。とりあえず逃げ出すべく螺旋階段へ足を踏み入れようとして。
「ゲッ!?」
淑女らしからぬ悲鳴を彼女が上げてしまったのも無理からぬことであろう。下方からゾロゾロと押し寄せてくるのは、爛々と赤く輝く目をした召使たち。
常人ならば。
覚悟を決めると、女神官は、窓から飛び降りた。
◇
女神官が泡を喰って逃げ出す様子を、使い魔を通して吸血鬼は見ていた。
そこは豪奢な部屋。部屋には絨毯が敷かれ、寝台は天蓋付き。置かれている調度はいずれもが一級品であった。
グラスに入った飲料で喉を潤しながら、吸血鬼は考える。
中々に頑張るな。予定とは違ってしまったが、
あの娘は城の外周に出てしまったか。問題ない。猟犬どもに追わせることとしよう。
◇
死ぬ!これは死ぬ!!
月光の下、城の外側、森を眼前とする場所へ無事に着地した女神官の内心である。
もはや術を唱え直している暇はない。
眼前の森。木立の中から紅い目を爛々と輝かせているのは、無数の狼。
吸血鬼は野獣を操るという。恐らく敵の手下どもであろう。
追い詰められた女神官は、城の外周を走り出した。
◇
森の中を疾走する女神官。彼女は前方に目当てのものがあるのを目敏く見つけると立ち止まり、それを拾い上げて敵へ向き直った。
飛びかかってくる狼の一匹。そいつの頭部に、ゴツゴツとした木の枝が、
警戒し、距離を取る狼ども。自らを包囲する狼どもを睨み付け、水神の女神官は、星神に祈った。
女神官の体から噴き出したのは、聖威を秘めた爆風。それは周囲を包囲する狼どもを薙ぎ払い、どころか、半径二十メートルの立木を丸ごと消し飛ばした。
敵を一網打尽にした女神官は枝を投げ捨て、歩き出した。
古城へと。
◇
「な……」
吸血鬼は驚嘆していた。使い魔を通して見た敵の力量は想定をはるかに超えるものだ。あれは獲物ではない。敵として考えるべきだ。あれほどの術を行使すれば、その消耗は激しいはずだが。それでも向かってくるということは、何か策があるのだろう。
止むを得まい。遊びは終わりだ。
◇
消耗が激しい。大きな術はあと2回。
女神官は考える。
予想通りであればその2回で、友人を救える。だが、駄目だったなら逃げるしかない。術を使い切った体で逃げ切れるかどうかは疑問だが。
やがて、彼女は城門の前にたどり着いた。
眼前。門を守るように立ちはだかるのは、女剣士。
◇
吸血鬼の手により
女剣士の魂にかけられた
それでも最初は耐えようとした。女神官と顔を合わせた時、こらえた。駄目だった。あれに耐えるのは不可能だ。殺してもらうしかない。いや、もう自分は死んでいるのか。首と胴体が生き別れになって。
眼前の女神官は、優れた秘術の使い手だ。自分を殺してくれるだろう。
手が、剣を振り上げる。
女神官が詠唱を始めた。遅い。私の方が早い。駄目だ。殺してしまう。間に合わない。
刃が、振り下ろされた。女神官の肉体にぶつかり―――
◇
女神官は考える。
友人は知るまい。稽古の時はいつも木剣だった。披露する機会などない特技。自分でも普段は忘れているほどの特技。
体に振り下ろされた、女剣士の剣。それは、女神官の肉体を切り裂く寸前、静止していた。
驚愕を顔に浮かべる女剣士の懐に踏み込み、手を当て、秘術を発動させた。
女剣士の首から下がその場から消失する。別の場所へと強制的に移動させられたのである。
地面に転がったのは、彼女の生首。
それを大切に抱き上げると、女神官は最後の魔法を発動させた。
◇
柔らかな力が流れ込む。
女剣士の魂。そこにかけられた呪縛が、清浄なる加護によって粉々に砕け散った。
ああ。ああ―――!
唐突に自由となった魂に戸惑い、そして慟哭する女剣士。
己を優しく抱きかかえ、こちらを覗き込んで来る友人が、告げた。
「大丈夫だな?君の魂を縛る魔法は解けたな?」
頷きたいが、生首だけでは不可能だった。必死で口をパクパクさせるが、声も出ない。なんという不便な体にされてしまったのだろうか。
見下ろしてくる女神官は頷いた。
「いいだろう。では一時撤退だ。魔法は打ち止めだからね」
彼女に抱え上げられ、そして見た先。城門の向こう側には、紅い目を爛々と輝かせる使用人どもの姿。
もちろん女剣士も同意見だった。
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