骨怪魚って使い捨てキャラのはずやったんや(骨までしゃぶりつくす)

満天の星々に照らされる中。大河の大きな中州に、その遺跡はあった。

巨大な自然石が十二本、円形に突き立って並べられている。環状列石ストーンヘンジ。それは古代の天体観測所であった。先人たちは、この場所から星界の様相を垣間見たのだ。

その中心。木で組んだ祭壇に安置されているのは、異様な物体だった。

紅の金属。剣の断片にも見えるが、だとすればその持ち主は、城砦よりもなお大きい、見上げるような巨人に違いあるまい。

鋼の戦神マシンヘッドの神器。その欠片であった。

神器と神器は呼び合う。いや、交信し合う力を秘めていた。知性ある武器インテリジェンス・ウェポンが交信の力を備えている以上、その目的はひとつ。

戦いのためだ。

神器そのものであれば、たとえ地上から月ほどの距離が離れていても交信には差し支えない。だが、これは欠片に過ぎぬ。ごく近くでなければ交信は困難だった。

だからこそ、まず神獣をこの場に

漆黒のローブを纏った大賢者は、その手で抱えた赤子を愛おしそうに撫でた。

「明日の日の出とともに、暗黒神の御代が始まるのだ。この赤子によって」

呟く。

準備に長い時をかけた。幾多の犠牲を払い、慎重に慎重を重ねた。この期に及んで邪魔など入るまいが、いざとなればこの日のために取りそろえた兵力がある。出し惜しみはない。使い潰しても構わぬ。

さて。そろそろ始めるとしよう。

大賢者は、赤子を両手で掲げ、そして朗々たる呪句―――否、天の星々へと呼びかける聖句を唱え始めた。


  ◇


その存在は、大地の外側を巡っていた。

遥かな高み。人が決してたどり着けぬ領域。すなわち星界。

三本の刃で貫かれ、全身を神々の鎖で縛られ、封をされたは、ときおり定められた道を漂い出そうになるのを星霊たちに押し戻されながら、永劫ともいえる歳月をただ、生きていた。

その内に燃え上がる念は、憎悪。

長き封印の間に蓄積されたのは、この世界すべてに対する怒りと憎しみだった。

今、その身を縛る無数の鎖、そのうちの1本。をこの高みにつなぎとめる鎖の錠前に、鍵が差し込まれた。地上より伸ばされた魂の手によって。

の鋼鉄の知性は考える。

を監視している星霊たちはまだ気が付いていない。

機を見計らう。何者かが鍵を外そうとしている。復讐の刻が訪れたのだ。己をこちらの世界へ引き込み、痛めつけ、縛り上げ、そして永い間幽閉し続けた神々に対して。


  ◇


月光と星に照らされる大河の流れ。

緩やかなそこを航行する船。船乗り操る交易船の前方に、幾つもの炎が浮かび上がった。目を凝らす船乗り。

「あれは」

よくわからない。一体?

彼の疑問に対して夜目の利く死霊術師が目を細め、そして見えたままを告げる。

「―――松明。闇の種族の軍船だ」

「……ぉ……」

「あれが全部?」

「多分な。大当たりだ」

船乗りの背筋を戦慄が駆け抜ける。松明の数は十では効かないだろう。どれほどの敵がいることやら。今すぐ逃げなければ。

だが、乗客たちの意見は違った。

「お前さんたちは退避してろ。港町の衛士隊も向かってるから、迎えには来なくていい。色々世話になった」

「…ぁ……」

「退避って。一体どうするつもり……」

困惑する船乗りの前で、異相の死霊術師は女騎士の首を抱え立ち上がった。女騎士の胴体も続く。

ふたりは、水上へと飛び出した。


  ◇


中州を守る布陣を引いているのは、闇の種族の軍船が十数。舳先の部分には怪物が描かれた高速船であった。いずれも細い船体構造に武装した船員を満載し、オールで進む。彼ら、近隣に住まう小鬼ゴブリンからなる部族を統べるのは、堂々たる体躯を持ち、兜と竹甲、戦斧、そして盾で武装した小鬼王者ゴブリン・チャンピオン

小鬼王者ゴブリン・チャンピオンは考える。

あのニンゲンの魔法使いはいけすかぬ。同じ暗黒神の信奉者だとて、従う義理は本来ない。だが、その底知れぬ力。奴の魔力には逆らえぬ。かけられた制約ギアスの呪いさえなければその首を叩き切ってくれるというのに!忌々しい!!

遠方に小舟。こちらの姿を確認して驚いたのか、早々に逃げていく。ちょうどよい。このイライラをあれにぶつけてやろう。

手下の小鬼ゴブリンどもに命じる。奴を追うのだ!

―――いや。待て。あれはなんだ。水の上を走る、ニンゲン……?


  ◇


やはり首は人に運んでもらうに限る。

水上を進みながら、女騎士は苦笑した。

後方では、彼女の首を抱えた死霊術師がで続いている。

久しぶりだった。この体にもいい加減慣れたが、手が塞がるのが不便なのだ。

女騎士の足場となっているのは骨怪魚。乗り心地はお世辞にもいいとは言えない。死にぞこないアンデッドになった日を思い出す。あの時は四つん這いになって戦った。今は跪いている。少しは自分も進歩したのだろうか?

分からない。だが、あの日と変わらないこともある。

前方、赤々と松明を灯す闇の種族の軍船。そこから太鼓の音が響き始めた。あの音のリズムに従い、漕ぎ手がオールを漕ぐのだ。接近しつつある女騎士に気付いたか。いくつかが回頭し、こちらに側面を向け始めた。

矢が飛んでくる。てんでバラバラで統制が取れていない。最も女騎士には矢など効かぬが。

後方では死霊術師が水上歩行ウォーター・ウォーキングの効果を一時中断。水中へと潜り、攻撃をやり過ごす。水に虚しく突き刺さる矢。

そして、女騎士の体にも矢が幾つかぶつかる。問題ない。魔力を帯びていない。帯びていたとしても甲冑がある。不死身の体。武人なら誰もが欲しいと思う肉体。

最近、これはこれでいいものだと思えるようになった。確かに不足はある。だが不幸ではない。まあ首がないのは仕方ない。はいるのだから贅沢を言ってはいけない。騎士が戦いで手足を失うなどよくある話。自分の場合はたまたま首だっただけだ。不自由の質が違うだけである。戦える。赤子に乳首を吸わせてやることもできる。乳が出ない事は悔しいが。

敵船の側面へ突っ込んだ。剣を抜く。跳躍。渾身の一撃を船の中央へと振り下ろす。船体が裂け、真っ二つになる。残骸を足場に跳躍。船の下をくぐって来た骨怪魚に飛び乗る。背後では、していく船から投げ出されていく小鬼ゴブリンどもの姿。

上陸する前に全滅させなければ。後でわらわらと寄ってきたら面倒だ。こういうのはまとめて潰せるときに潰すに限る。

さあ。

赤子を返してもらうぞ。

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