やはり神話スケールの陰謀は男のロマン(だいたい星神のせい)

「―――長かった。ついにこの時が来た」

感慨深げに、大賢者は呟いた。

そこは闇に包まれた空間。石造りの構造は、地下。

陽光差さぬここならば赤子の鳴き声が外に漏れることはなかった。とはいえ、もうここは捨てるが。

大賢者は、召使いの粘土人形クレイゴーレムより大切そうに赤子を受け取る。条件の良い日を選んだ。

今から出れば、余裕を持って儀式を行うことができるだろう。休養も十分に取った。瞬間移動テレポートの疲労はもうない。これから行う儀式は、まさしく生涯で最大のものとなるであろうから。

背後を振り返る。厳重に布で覆われた神器の欠片。赤子と並ぶ儀式の要。鋼の戦神マシンヘッドらの神器へ命令を与えるには、これが必要なのだ。神器を介して、神獣にの存在を教えてやるのにも。

「慎重に運べ」

部下たちに命じる。

さあ。堂々とこの港町から出て行こう。もう戻ることはあるまい。明日の朝。太陽が砕け散るところを、生きとし生ける者すべてが目にするだろう。

不滅のものなどないのだということを。この世の真理を。暗黒神の教えを。目にすることになるのだ。

神は偉大なり。


  ◇


「一足遅かったか……」

港町、衛士隊本部。

フクロウを通じて―――使い魔は術者と感覚を共有する―――侍者アコライト殺しの下手人を伝達された老婆はすぐさま神殿及び衛士隊へと伝えた。だが大賢者は自宅にはおらず、そしてしばらく前に船で出航したとの目撃があったのである。

目的地が分からない。追跡は困難だった。

集まった老婆、初老の神官は、本部長と顔を突き合わせる。

「しかし、あの方が暗黒神の信奉者だったとは。彼の目的は一体なんなのでしょう?」

「暗黒神の信者が赤子を生かしたままさらったんだ。多分なんかの魔法をやらかすつもりだろうけどね。それもかなりデカい」

本部長の疑問に答える老婆。実際問題として暗黒神の信奉者が赤子をさらった場合、最も多いパターンは儀式の生贄である。目的は間違いなくロクなものではあるまい。

「ふむ。魔法使いが大きな魔法をするのなら、市で何か調達しなかったか?お前さんのお膝元だろう」

初老の神官に言われた老婆は思い出す。そういえば、確かに大賢者は彼女の市に何度か来たことがあった。仮にも大賢者と呼ばれる男である。それが呪物を購入したとて、当時は不思議とは思っていなかったが。

「……呪物。思い出した。あいつ。かなり前に、星界関連の呪物を買いに市へ来てたよ」

「星界か。それで大河に出たとなれば、心当たりがある。当たってみる価値はあろう」

初老の神官が頷いた。大河には天体観測のために用いられていたらしい遺跡があったはず。

「分かった。―――あのトウヘンボクたちは今中洲の村か。あっちの方がかなり近いね。連絡する」

「こちらも準備出来次第、衛士たちを出航させます」

「うちも戦力を出そう。嫌な予感がする」

にわかに、港町全域が慌ただしくなりつつあった。


  ◇


「すまないな。巻き込んで」

「あの子を助けに行くんだからまあ、仕方ない」

「そう言ってくれると助かる」

水上を航行するのは船乗りが操る船。乗客は死霊術師。女騎士。老婆のフクロウ。乗員は船乗り、青年である。

女の子は中洲の村へ預けてきた。さすがに荒事が予想されるところへ連れて行くのははばかられたからである。

夕日できらめく水面を疾走する船のそばには骨怪魚も付き従っていた。

「……ぅ」

「そうだな。無事だといいんだが」

女騎士は、マントを日除け代わりに縮こまっていた。足元の首は、さすがに精神的な疲労が濃い。移動ばかりのため、ここしばらくろくに眠っていないのだった。

肉体的な快楽を感じることができない彼女にとって、埋葬による安楽はほぼ唯一の快楽である。相当につらいはずだ。

「……ぁ……」

「ああ。終わったらしっかり寝たらいい」

死霊術師と女騎士の会話。そこに船乗りが加わった。

「最初見た時から思ったけど。よく通じるね」

声を出せない女騎士と会話が成立していることについてだろう。死霊術師は苦笑。

「コツがあってな」

「今度教えてほしい」

「弟子入りしたいってんなら大歓迎だけどな。旅の毎日になるぞ」

「ああ。それは困る。娘を養わなきゃ」

「だろう?家族は大切にしとけ。自分の身もな。危ないと思ったらすぐ逃げていい」

「そうさせてもらうよ」

まもなく夕日が沈む。

闇の者どもの時間だった。

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