死霊術師とやり合う時は迂闊に人を殺すのはやめましょう(ほんとにな)

水神の神殿は、必ず水と縁の深い場所に建てられる。水神の支配する領域は水であるからだった。

故に、その神殿は死者を水葬にする。水神に死者を委ねるのである。

先日神殿へ侵入した者に殺害された、見習いの侍者アコライト。彼女の葬儀も、そのように執り行われた。


  ◇


―――ああ。水だ。

死せる見習いを包み込むのは、水。

己はきっと、このまま冥府へと行くのだろう。悲しい。水神の御許へ行くのはちょっとばかり早すぎる。友達も、両親とも、まだお別れしたくなかった。子供も産みたかった。

それにしてもあいつ。私を殺し、赤子を連れ去ったあいつ。死んだとき、魂だけになったとき、あいつの顔を見た。知っている顔だった。いや、港町に長く住まう者ならば必ず見たことがあるであろう。大賢者。

悔しい。誰にも伝える術がない。死霊術師たちは死者の魂と会話することができるというけれど、己はもう水葬に付されてしまった。このまま、体が朽ちて魂が抜け出るまで漂わなきゃいけないのか。水は優しく包んでくれることだけが救いだけれども。

おぼろげな姿が見えた。大きい。魚だろう。あれにかじられるのか。嫌だなあ。

―――え?

体が引き上げられる。穏やかな大河の流れの中から引きずり出され、陽光の下にさらされる。

船の上。見習いを引き上げた彼ら。途方もなく巨大な霊気を纏った異相の男。驚くべき美貌を持ち、奇怪な甲冑をまとった女。日に焼けた男がふたり。女の子もいる。

―――嫌だ。怖い。辱めないで。私にもう、酷いことをしないで!

見習いの魂の叫び。それに対し、彼女を引き上げた男。見覚えのある男は、答えた。

「あー。怖がらせてすまん。ちょっと聞きたいことがあるんだ」


  ◇


「……まったく人騒がせな。死にぞこないアンデッドを街の中へ入れるなど」

「あんまりにも不憫で見てられなくてねぇ。この借りは返すからさ」

「是非ともそうしていただきたいですね」

そこは星神の神殿の一室。衝立で区切られたその中に集っているのは3名の男女。初老の神官。本部長。そして

老婆は、知人たちに女騎士の事を話しに来たのである。

「まあ、上が納得する時期を見計らって捜索は打ち切らせましょう。もう彼らは街を出たのですね?」

「ああ。何でも知り合いの船に乗せてもらうとか言ってたからね」

「分かった。では、次の問題だ。使を探しておったな?」

「へ?あ、そうそう。今日言いに来ようと思ってたのさ。問題の娘を連れて街を出てったのもそいつだよ。昨日、街で見つけてね。ありがとさん」

「いや。件の魔法使いは、赤子を水神の神殿に預けたそうだな?」

「そうだけど、どうしたんだい?」

「昨夜誘拐されたと、先ほど連絡があった。赤子の世話をしていた見習いの侍者アコライトも刃物で殺害されていたそうだ」

「……なんてこったい」

「手がかりはないのですか?」

「ない。誰も、神殿を出入りした者をみておらぬ」

「……待った。その侍者アコライトは、殺されたんだね?」

「そうだが。知ってどうするつもりだ?まさかわけにもいくまい」

「それができる奴に心当たりがあるのさ」


  ◇


「そうか。で、気が付いた時には首を切られてたのか」

泣きわめく見習いの霊魂をなだめすかしながら、死霊術師は話を聞いていた。

彼女を殺したのは、大賢者。港町を支配する十六名の評議員のひとり。星神の神殿とのつながりも深い。

「ありがとな。これは礼だ」

見習いの遺体。その首に護符をかけてやる死霊術師。更に、彼女の霊を女騎士が抱きしめている。同じ死者同士、思うところがあるのだろう。

一同の元に老婆よりの知らせが届いたのは中洲の村に到達した際。彼女が放った使い魔のフクロウがもたらした文には、赤子がさらわれたこと、その際侍者アコライトが殺害されたこと、水葬に付される日時などが記載されていたのである。

それらの事情を把握した死霊術師は、船乗りたちを雇った。代金は老婆持ちである。下流で待ち構えていた彼らは見事、水葬に付された見習いの遺体を引き上げたのだった。もう使うことはあるまいと思って港町のに放置していた骨怪魚がまさかまた役立つとは、死霊術師も思わなかったが。

事情を聴き終えた後。

死霊術師が彼女の遺体を丁重に抱きかかえ、そして水に流した。

「達者でな」

一同が死者への敬意を表し、そして見習いは水神のもとへ旅立った。


  ◇


星霊とは素数を司る半神である。

彼らは素数の数だけ存在していると伝えられている。いかなる整数でも素数という数を司る彼らは、不変不朽の象徴でもあった。決して刃を受け付けぬのだ。たとえ神々の刃であっても。

その総数は知られていない。人の類が知りうる素数の数に限りがあるからだった。されど、鋼の戦神マシンヘッドの神器の欠片を読み解いた大賢者にとっては、違う。

大賢者は、欠片より得た数式によって星界の成り立ち、ひいては神々の力の源について理解を深めていた。むろん完全なものではない。すべてを知る事などできようはずもない。

だが。

天文を見ることで、星霊がいつ、地上のどこへ遣わされるかは知ることができたのだ。

星霊の魂を宿した赤子は、街道上を行く隊商たちの中で生まれた。奪い取るべく部下を送り込んだが、護衛の戦士のひとりが、赤子を連れて逃げたのだ。しかし、まさかあれほどの敵まで呼び込むとは、やはり強運に守られているのだろう。

このたび地上へと遣わされたのはを司る星霊。

いかな使命を背負っているのかは知らぬ。恐らく十数年後。赤子が成長したその時、この世に何らかの大乱が起きるのであろう。

関係なかった。利用できさえすれば。

その魂が握っている、神獣の封印を解くための鍵を。

眼前に眠る赤子。そこへ、大賢者は短剣を振り下ろした。

それは、突き立つまさにその瞬間。

したのだった。

「……素晴らしい」

神話通りの力。魔力を帯びた刃だというのに!

間違いない。この赤子こそ、星霊そのもの。

大願成就まで、あとわずか。

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