おかしい…まだ目的地につかないぞ(予定ではもうついてるはずなのに)
無数の貝殻や魚の骨がうずたかく積まれていた。
中洲の村。その端にある貝塚の前で、死霊術師は必要なものを物色していた。背後には物珍しそうな村人たちがなんだなんだと集まっている。
やがて目当てのものを探り当てた死霊術師は、傍らの船乗りに向けて告げた。
「すまん、ちょいとこいつを引っ張り出す。手伝ってくれ」
「分かった」
ふたりでは手が足りず、村人たちも手伝って引っ張り出したのは、全長4メートルもある巨大な魚の骨。恐ろしく奇怪な形状の骨格である。全体の印象としては魚というより蛇に近い。怪魚であった。近隣の魚の主だったが、漁師との死闘の末に釣り上げられ、そして全身から肉を切り取られて村人の胃袋に収まったなれの果てらしい。
陽光が照り付ける中―――夜間にこんな術式を披露すればなんと思われるか分かったものではない―――死霊術師は印を切り、呪句を唱えた。
びくっ
骨の怪魚が蠢いた。その様子にギョッとする見物人たち。
眼前でぴちぴちと跳ねている巨大な骨怪魚を見やり、死霊術師は船乗りへと告げた。
「完成だ」
「あー。陸に上がった魚みたいだね」
「陸に上がった魚だからな」
「そうか。で、こいつは河まで自力で行けるのかな?」
「ひょっとしたら、と思ったがやっぱり無理そうだ」
気味悪がる村人たちを拝み倒して協力を頼み、4メートルの骨怪魚は無事、大河に放流される運びとなった。
◇
船乗りは語る。
「この2、3日、渡し船が魔物に襲われててね。うちも用心棒が欲しかったところなんだ」
「なるほど。事情は分かった。やれることはやってみよう」
問題の魔物は"水"らしい。何やら突如水柱が立ったり、波が襲い掛かって来て船が転覆したり破壊されてしまう、というのが、命からがら逃れて来た者たちの証言だった。幸いまだ死人は出ていないそうだが。
戦力は樹皮に石ころで図形を刻み付けた呪符をいくらか。死んだ魚から作った呪物。護符。怪魚の骸骨兵。そして死霊術師自身。
その負傷は既に、完全とは言えぬもののかなり癒えていた。休息し、回復した彼の霊の力が肉体を凌駕したのである。すなわち無傷の霊体に引っ張られて肉体が治癒したのだ。それは彼の長寿の源でもある。
「うちも港町に行くから都合がいい。できれば退治してもらいたいんだけどね」
「ああ、この子を神殿に預けた後でいいなら、退治するまで付き合おう。助けてくれた礼だ」
もちろんその後は、あの敵ども―――闇の者どもへの報復もせねばなるまいが。こちらはどうせ長丁場になるだろう、というのが死霊術師の判断だった。それなら恩返しの一つでもしておくものだ。
死霊術師は義理堅い男だった。
◇
穏やかな水面を平底の帆船が行く。
船室を持たない小さな船である。乗客は死霊術師。赤ん坊。乗員は船乗りともう一人、青年。そして女の子。
荷物を満載した交易船であった。
順調に進めば―――最悪風が止んでも、男たちが全員でオールを漕げば、日暮れ前には港町につくはずだった。
大河は巨大である。その幅は場所にもよるが、最大のところでは風に恵まれた帆船ですら数日はかかる。
先の中州の村は、大河を横切る渡し船の中継地点。そのうち、最も港町に近いところにあった。問題の魔物騒ぎが続けば、中継地としては死活問題であろう。
船を守るように寄り添っているのは例の骨怪魚。骨だけにも関わらず、水中での動きに不安はない。きちんと動く骸骨兵を作るのはそれだけでかなりの高等技術なのだが(動くだけならさほど難しくない)、それをこなせる力量の死霊術師であっても人間以外の死体を骸骨兵にすることは難しい。肉体の形態が己と異なりすぎるからである。異相の死霊術師の実力は相当なものであった。
最も、魔法と関わりのない通常人にとってはそんなことは分からないのだが。
「平和なもんだ」
死霊術師が呟いた。傍らでは女の子が、赤子相手に色々と遊んでいる。対する赤ん坊も嬉しそうだ。世話いらずで大変にありがたい。
「ま、何事もなければ本当はそれが一番なんだけども」
船乗りも答える。今のところは水鳥が舞い、時折魚が跳ね、小さな中州が視界を横切る平和な状況である。死霊術師は、何十年も前、東方から渡ってきた時と同じ向きに進んでいることに気が付き、過去を懐かしんだ。
「うん?」
異変に気付いたのは青年だった。
「どうしたんだい?」
「いや、あれなんですかね?」
彼が指さした方角。船から見て南側。
小さな波。されど明らかに不自然な波。そいつはたちまちのうちに盛り上がると、津波となってこちらへと押し寄せて来た。
見とがめた死霊術師は、咄嗟に印を切り呪句を唱える。
水底の諸霊。冥府を守護する門番たちへと助力を請う呪句は無事効果を発揮し、船を飲み込まんとする津波が両断された。
やりすごした津波へと振り返った一同は、見た。
津波が集まり、水柱となり、そして巨大な鎌首をもたげたのを。
「
己を見上げる人間たちに対して、そいつは耳目を備えぬ体を向けた。
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