第四話 星の娘(前編)―――大河編

今までのエピソードは全部アドリブです(そもそも一発ネタ)

旅とは苦難の連続である。

山賊。怪物。闇の者ども。獣。飢え。病。怪我。

おおよそ人の類が遭遇し得る、ありとあらゆる苦難が襲ってくる。太陽の加護がある昼間、整備された街道ですら、旅行者が生命を落とすことは珍しくない。ましてや道なき道を行く者たちはなおさらだった。

それでも、人の通わぬ道を行く者たちはいた。追放者。犯罪者。魔法使い。逃亡者。

好き好んで行く者はおらぬ。されど、彼らはやむにやまれぬ事情で、己の命すら賭して旅をする。他に選択肢がないからである。

今宵も、そんな旅行者の一人が生命を落とした。


  ◇


月のない夜だった。

深き森の中を進むのは一人の男。鱗状鎧スケイル・メイルを身に着け、外套を羽織り、右手には槍。左腕には大きな籠を抱きかかえている。

彼は、足を庇うように歩いていた。負傷していたのである。一か所だけではない。体のそこかしこに刀傷を負い、そして背中にも深い刺し傷がある。

致命傷だった。

もはや虫の息である彼は、それでも進み続けた。木の根を乗り越え草を踏み潰して進んだ先。

彼の前に立ちふさがったのは、大河だった。

渡ることはできぬ。周囲を見回した彼が、川沿いを下流に向けて歩き始めた矢先。

限界だったのだろう。跪き、力尽きた男の手から零れ落ちた籠。

それは川に転がり落ち、そして浮かび上がった。流れ着き、密集していた枝や枯草の集合体にひっかかり、支えられたからである。

籠は、緩やかな流れに運ばれて行った。


  ◇


水面が揺らめいた。そこに踏み下ろされた素足は、しかし沈み込むことがない。水面がまるで硬い地面のように振舞い、足を支えていたからである。

大地を行くかのように水面へ踏み込んだ者は、女。村娘を思わせる服装をした彼女は、首がない。死せる女騎士であった。

彼女は、二歩目を踏み込む。水面はそれも受け止めるであろう。そう思わせる、確信めいた動き。

ずぼっ

踏みしめた足は、しかし受け止められなかった。自然の法則そのままに、足が沈み込んだのである。そのままバランスを崩し、前のめりに倒れていく女騎士。

水音が立った。

ひっくり返って水浸しとなった女騎士の首から下。そこへ手を差しだしたのはローブの死霊術師である。彼は苦笑しながら訊ねた。

「あーあー。大丈夫か?」

「……ぅ」

男の左腕に抱えられた美貌の生首が羞恥の表情を浮かべる。血が通っていたら赤面していたかもしれない。

彼女の胴体は、差し出された手を掴んだ。手を貸した死霊術師は、のである。

魔法であった。

水辺とは異界である。時に足首ほどの深さの小川で人は溺れ、命を落とす。冥界にも通じる領域だった。死霊術師が水に関する魔術を修めているのもそれに起因する。

助け起こされた女騎士は立ち上がった。水深はすねのあたり。スカートの裾が水中で揺らめいている。

「水面を歩くことを想像するんじゃない。水面を歩くというんだ。。自分自身すら騙せないで世界は騙せないぞ」

「……ぉ……」

「恥じることはない。言ったろ?先は長いって。ま、のんびり覚えればいいさ」

「……ぅ……ぁ…」

抱えられた生首が、困ったような視線を上目遣いに向けた。本人の向上心は十分にあるのだが、実力が伴っていない。やる気だけが空回りしている。そんな彼女に、今や師匠となった死霊術師も親身に付き合っていた。彼の指導は具体的で分かりやすいが、教わった内容をいざ実行するとなると至難の技なのだ。

谷間の村での死闘から数か月。ふたりは幾度かの小冒険を重ねながら旅を続けていた。その合間には、女騎士への様々な教授も行われている。

今川岸で行われているやりとりもその一つだった。

修業は楽しい。女騎士が失ってしまった肉体的快楽、そして欲求。それらに代わる精神的充実が、今の生活にはあった。常人が音を上げるような修行であっても、通常の意味では苦痛や疲労を感じぬ彼女にとって苦ではない。

女騎士は、そういう意味でも生者より魔法に近い位置にいた。

「さて、そろそろ日が昇る。寝床に戻るか」

「……ぉ」

「うん、どうした?」

女騎士が指さした方を振り向く死霊術師。その先に浮かんでいるものへ、じっと目を凝らし、そして彼は怪訝な顔をする。

「なんだありゃ」

彼は生首を胴体へ手渡し、水面を20歩ほど歩いた。そこへ流れて来たものを受け止め、持ち上げる。

籠であった。

中身を検分した彼は、困惑の表情を浮かべた。

「……ぁ?」

「あー。……こりゃ参ったな。捨て子か?」

そこに入っていたのは、おくるみに包まれた、可愛らしい赤ん坊だった。

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