人生について考えてみました(つらい)

骸骨兵の振るう手斧が、屍人ワイトの頭蓋を叩き割った。

魔法的怪物としての骸骨兵は最下級である。単なる物理攻撃にすら屈するこれは、封じた雑霊に生前の肉体的動作を再現させるだけの存在だ。だが、それ故に恐れを知らぬ彼らの真価は術者の指示が得られるときに発揮される。卓越した死霊術師ならば、近くの骸骨兵を思念によって操れるのである。

そして得物。骸骨兵が手にした手斧の柄には、呪的な手段で縄が結び付けられている。死霊術師の手で付与された魔力は、一両日中持続するはずだった。

とはいえ、ローブの死霊術師にとっての最大戦力が女騎士であることは動かしがたい事実である。まさしくという目的のために死霊術師の全知と全能が注ぎ込まれた彼女は、並みの怪物をはるかに凌駕する力を備えていた。

だが、死霊術師としての男の知識が告げている。彼の予想が正しければ、敵は、そんな女騎士の力をもってしても討ち果たすのは容易でない、と。

彼は骸骨を率い、家々の裏側、道なき道を駆けあがった。


  ◇


強烈な一撃を、神官の戦棍は辛うじて阻んだ。

鎧武者が第二の目標として定めたのは、神殿を守るもう一人の神官―――老人の息子であった。

長たる老人を失い、次席の位にある彼が倒れれば、今度こそ防衛線は完全に崩壊するだろう。侍者アコライトたちではこの怪物に抗せようはずもない。

だが、神官は追い詰められつつあった。元来歌とは負担の大きいものである。戦いの歌を歌い続けながら敵と刃を交える彼の疲労は蓄積する一方だった。

歌をやめる事はできない。戦意を高揚させ不浄なるものどもを退けるこの歌は、それ自体が一種の魔法である。生命を吸い取る魔力を備えた敵勢と曲がりなりにも戦えているのは、戦いの歌あればこそだった。この歌の影響下にある限り、敵の悪しき魔力は大幅に減衰される。更に、たとえ生命を吸い取られて死んだとしてもその魂は神の御許へと往くことができた。不死なる怪物とならずに済むのである。

だから彼は、歌いながら戦い続けるという選択肢しか存在しない。

敵の攻め手は衰えることがない。老人の攻撃で大きなダメージを負っているというのに、少なくともその動作は微塵も衰えておらぬ。まるで振り子時計のような正確さで、そいつは神官を傷つけていった。

何度目かの鋭い一撃を辛うじて受け止め、よろめいた彼。その足が、転がっていた

手斧の柄を踏み付けた。

神官は無様に倒れ込む。ショックで歌が途切れた。人間たちの忘れていた恐怖と疲労が蘇り、そして屍人ワイトたちを抑えつけていた重圧が消滅する。

神官の眼前。鎧武者が、止めを刺すべく刃を振り上げた。

もはやこれまでか。神官は、死を覚悟した。


この時、生命ある者たちの敗北は運命づけられた。

だから、彼らを救うのは生者の役目では、ない。


鎧武者が、突如として仰け反った。かと思えばその体は宙を舞い、遥か前方、そいつが今まで進んてきた道を逆方向に投げ飛ばされた。

恐るべき剛力で鎧武者を投げ飛ばしたのは、剣を携え長衣にスカートを履いた、女。一見村娘風のそいつは、しかし首がない。

は人間たちに背を向けると、不死の怪物ども―――今投げ飛ばした鎧武者へ向き直る。そして、横へ伸ばした右手を用いて、信じがたい行為をした。

太陽神の印。太陽神を信奉する騎士たちが祈りをささげる際に行う神聖な動作を、女はやってのけたのである。

彼女が、こちらを見た。

そいつは首がないにも関わらず、神官には何故かそう思えた。


  ◇


武器がない。

女騎士の脳裏にまず浮かんだのはその事実である。

敵中を突破してきた彼女の全身はひっかき傷と打撲だらけだ。左腕の肉も少し食いちぎられた。女騎士の攻撃が屍人ワイトに通じたように、屍人ワイトの攻撃も女騎士を傷つけたからである。怪力をはじめとする身体能力こそ女騎士が大幅に勝っていたから、この程度で済んだとはいえ。甲冑の必要性を痛感する。

そして眼前の敵。

全身をきしませながらも立ち上がる鎧武者は、しかしダメージを受けたようには見えない。地面に叩きつけられても傷つかぬのである。やはり魔法的手段で破壊するしかないが、女騎士に備わるそれは拳足のみ。対して敵は全身鎧に長剣という好条件である。女騎士は、敵の武装が帯びる魔力をしっかりと知覚していた。もし最初の攻撃で投げ飛ばさず、甲冑を破壊しようとすれば手を痛めていただろう。

となれば後は関節を極めるくらいしか思いつかぬが、屍人ワイトどもに囲まれた中で悠長に組み打ちなどやってはおられぬ。決め手を欠いていた。

もちろん、そんな女騎士の事情などお構いなしで、敵は向かって来た。

対する女騎士は迎え撃つ構え。

互いの剣が激突する。その最中。

頭部を持たぬ女騎士の霊的な視覚。それをどうやって探り当てたか、鎧武者は視線を合わせてきたのである。ある種の同族である以上、驚くには値しないのかもしれないが。

女騎士は死者であるから、生命力を吸い取られることはなかった。

代わりに、そいつの魂。負の生命力を支える根源を覗き込むハメになった。

闇の者共との戦い。勝利。栄光。―――そして絶望。

死の瞬間、運命を呪った騎士のなれの果て。死にぞこないアンデッドとなり、長い孤独と放浪の末に狂ってしまった怨霊。

そいつは、魔法だった。巨大で強力な呪いが、生前用いていた武装に宿って動き出したのである。

ある種の、ではなかった。鎧武者は真の意味で、女騎士の同族だった。

鍔迫り合い。膂力で勝っていたはずの女騎士が、しかし後ずさった。圧倒されていたからである。ひょっとすれば自分の未来の姿かもしれぬ敵に。

後退した彼女の脚。それが何かにぶつかる。

目をやれば、光り輝く戦棍が転がっていた。女騎士は知らなかったが、それは果てた老人が手にしていた神聖なる武器セイクリッド・ウェポンだった。火神の加護は、戦いが終わるか朝が来るまで持続するのだ。たとえ術者が果てようとも。

生きていた頃は頼もしく、今となっては不快な光。

刃が押し込まれる。押し負ける。女騎士は跪いた。

彼女は、剣から手を離した。両の手の内の片方。右手を。戦棍側の腕を。

そして拾い上げた神聖なる武器セイクリッド・ウェポンを、渾身の力で振るった。

聖なる加護と剛腕が合わさり、ただの一撃で鎧武者を吹き飛ばす。

敵が激突した家屋は半壊。石材の破片を振り払いつつ立ち上がった鎧武者は、半ばへしゃげていた。

戦棍の光が急速に弱まっていく。この世の理の外に住まう者が神聖なる武器セイクリッド・ウェポンを用いたことで、加護の効力が終了したのである。

神にすら見捨てられた女騎士は、しかし立ち上がった。戦棍を投げ捨てると、手にした剣を構え、敵に向き直る。

そうだ。自分はまだ立てる。戦える。生きている人々のために捨てるべきがある。

―――慈悲の心が、まだある。

敵は満身創痍。対するこちらは五体―――五体?―――満足ではあるが、武器では負けている。条件は五分。

充分だった。敵を―――鎧武者の悪霊を、悪夢から解放してやるには。

その時だった。

「こいつを使え!」

死霊術師の声。後方から投げ渡されたのは、削りだして作られたのであろう、小さな小さな木剣である。

清冽なる霊気がこもったそれを右手に。左手に持った剣は盾のように構え、女騎士は突進。

カウンターで放たれた鎧武者の刺突。女騎士の心臓めがけたそれは、剣に逸らされ、左肩に突き刺さる。

対する女騎士は、敵の内懐へ潜り込むと、木剣を甲冑の損傷部分へ突き立てた。

甲冑に与えられた小さな傷。しかしそれは、致命的な一撃だった。甲冑に宿った霊力。その根幹たる魂魄に痛撃を与え、そして崩壊へと導いたのである。

長い時を生き抜いた怨霊が砕け散り、その中から小さな小さな魂が抜け出ていく。風に乗ったそれは、きっとどこかにたどり着けるだろう。

敵の最期を見届けた女騎士は、左肩に突き刺さった長剣を引き抜き、投げ捨てようとして思いとどまった。しばしそれを眺めると、右手に携え、死霊術師へと向き直る。

民家の屋根に立つ彼。自らの生首を抱えている彼を視界に収めた後、女騎士は村人たちの方へ向かった。まだ残る屍人ワイトどもを駆逐するために。

こうして、戦いは終わった。

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