やはり女騎士には血と鉄と殺戮がよく似合う(たまには真面目に言ってみたり)
木々が生い茂る斜面を駆け下る人影があった。
首を持たず、長袖の衣類とスカートをまとう彼女は女騎士。手にしている剣は先日骸骨兵となった屍が所持していたものである。
人間には不可能な速度で走る彼女であったが、その足を守る草のサンダル―――
岩を飛び越え、段差をものともせずに跳躍した彼女は街道へ着地。
そこで耳に入ってきたのは剣戟。罵声。悲鳴。
戦闘音であった。
既に戦いは始まっていたのだ。
女騎士は、全力で疾走した。
◇
「ついていかないんですか?」
「野営地に必要なものを取りに行く」
少年の問いに答えたのは、生首を抱えた死霊術師である。女騎士は自らの一部を手渡すと飛び出してしまった。信じがたい速度である。とても追いつけなかった。
ローブの魔法使いは、こちらも器用に夜の森を疾走する。女騎士ほどではないが十分に人間離れしていた。少年は付いていくので精一杯だ。
やがて息も絶え絶えな少年の前で、男が停止すると、虚空へ命じた。
「出てこい」
突如前方の地面が膨れ上がったかと思うと、顔を出したのはしゃれこうべ。
ギョッとする少年の前で、そいつは立ち上がると身震いした。白骨死体が、まるで生命あるかのように動いている!
「ああ、こいつは俺が作った骸骨兵だ。気にするな」
確かに気にしている場合ではないが、いちいち見た目が心臓に悪すぎるのは何とかならないのだろうか。
そんな事を思う少年へと生首を押し付け、男は傍らにあった天幕へ顔を突っ込んだ。
少年は仰天。
思わず受け取ってしまったが、生きている生首を持つなどもちろん初めての経験だった。相手の顔を見下ろすと、女騎士は目元を緩ませる。
あまりの美貌に、少年はドキリとした。生首だというのに!
血の気が通わぬ青白い顔からは、よい香りがした。これで生者ならば最高だったろうが、なにぶん死者である。
困惑している間に、死霊術師は天幕から出て来た。
「とりあえず必要なもんは揃った。行こう。おい、手斧で武装しろ。俺たちを守れ」
前半は少年。後半は骸骨兵への言葉である。
こうして、二人と生首と骸骨は再び駆けだした。
◇
辺境の地において、武装せぬ人間などいない。
人の類は老若男女問わず武装権があり、たとえ農家や商家と言えども武器の備えがなされている。それは、危険な怪物の跋扈する世界では必要不可欠なものだ。
だから、最初の絶叫が響き渡った時点で、男たちは武装と灯りを手に、村の中央を走る街道へと飛び出した。
彼らが最初に目にしたものは、よく知っている男。村はずれに住まう農夫だった。
片手が食いちぎられ、ギクシャクとした動きの彼は俯きながら歩いている。明らかに尋常ならざる様子であった。
「おい、大丈夫か!?何にやられた?」
だから、農夫を助けようと、近くの男が駆け寄ったのは仕方のないことだったろう。
そんな男に対しての返答は、暴行だった。農夫の残った手が、男の首を掴み、そして体を持ち上げたのである。凄まじい力だった。
「ぁ……っ!ぉぉ……っ!?」
冷たい。信じがたいほどに冷え切った手は、体から熱のことごとくを奪い去らんとする。
男が意識を喪失する刹那、農夫は顔を上げた。
赤い目。生者では決してあり得ぬ、爛々と輝いた瞳。
男は意識を失い、次いでその生命を失った。それどころか、死すらも失い、代わりに負の生命を与えられた。
誰にも救う事などできぬ。
―――GURURURURUR……
男を投げ捨てた農夫の口から漏れ出たのは、この世の者とは思えぬ声。
それを聞いたすべてのものが悟った。農夫は死に、そして不浄なる怪物へと生まれ変わったのだと。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
恐怖に耐えかねた若者が、かつて農夫だった
刃が突き立つその瞬間。若者と槍が保有していた運動エネルギーの全てが、まるで拒絶されるかのように消滅する。
死者を殺すことはできない。
後退しようとした若者の脚を、何かが掴んだ。ぞっとするような冷たさ。
見下ろせば、先に
たちどころに若者も、その生命を吸い尽くされた。ぎこちなく振り返ったとき、既に彼もこの世の者ではなくなっている。
「護符を!ありったけの護符と銀を持ってこい!聖句を唱えろ!!神官を呼んで来るんだ!!」
壮年の男が叫ぶ。彼は何が起きているかを理解すると適切な指示を下し、そして自らもそれを実行し始めた。
言葉とは魔法である。故に、彼の口から漏れ出た神への祈りは、不浄なるものどもの悪しき魂を、ほんの少しではあるが打ちのめす。もはや3体に増えた
その様子に勇気づけられた村の男たちは、横一列の人垣を作ると武器を突き出し、あるいは松明を向け、火神への祈りを一斉に捧げる。聖句の合唱が、谷間に響いた。
効いている。
村人たちは確信にも近い思考を抱いた。これならば神官たちが駆け付けるまで持たせることもできよう。
甘い考えだった。
松明が照らす道の向こう側。そこから現れたのは、爛々と輝く赤い目。
犬を従えたそいつは、壮年の男を凝視した。
視線が合う。呪術的経路が構築され、男の生命力が流出し始める。
壮年の男が即死しなかったのは、響き渡る聖句のおかげであったろう。されど、彼はその一瞬で致命傷寸前の大ダメージを受けていたのである。肉体が硬直。生命エネルギーの大半を失い虫の息となった男は、前のめりに転倒した。
男たちがひるむ。
そいつはゆっくりと前進すると、やがて松明の元。全貌をあらわにした。
鎧武者。さび付いた甲冑で全身を守り、兜の奥で爛々と輝く赤い目は恐怖をかき立てる。腰に帯びているのは剣。
彼は、刃を抜き放った。
滑るような流麗な踏み込みで距離を詰めると、突き出された武器ごと村人の一人を切り捨てる。
恐るべき技量であった。
恐慌状態に陥った男たちが、次々に武器を繰り出す。そのうちのいくつかは躱され、あるいは剣で防がれたが、鎧武者に届いたものもあった。しかし。
鎧武者もまた、この世のものではない。死者は死なぬ。故に刃は、破壊力を発揮することなく静止した。この怪物を屠るには、魔法が必要なのだ。それも、とびきりに強力な。
彼は、手近な村人の首へ手を伸ばす。
抵抗の余地はなかった。捕まれた部分から生命力を吸い尽くされた村人は、先に死んだ者達と同じ運命をたどる。
もはや、士気を維持することは不可能だった。
聖句は途切れ、男たちは恐怖に震えながら、あるいは訳の分からぬことを喚き散らし、刃を振るおうとして、あるいは背を向けたところに視線を投げつけられ、生命を奪われた。もはやそれは戦いではなく、一方的な殺戮であった。
朝日は、遠い。
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