朝の3時頃に目が覚めたせいで超眠いんですがどうしましょう(寝ろ)

魔法使いは名を隠す。

言葉とは、魔法の根幹に位置する要素の一つである。単に口から発せられるものだけではない。服装。立ち振る舞い。表情に至るまで、他者へ情報を伝達する手段全般が、魔法における言葉として定義される。

その中でも対象を特定する単語である名前とは、最も重要なものであった。名は、それ自体が魔法である。名を知ることは魔法を行う事と同義なのだ。

故に、魔法使いは名を隠す。

特に、力ある魔法使いであれば真名を隠し、フードによって顔すらも隠す特権を得た者も多かった。世俗の王の前に立つ際、いや、神官や教父に対してすら彼らはそれを許される。闇の者ども。人の類共通の敵たる怪物どもとの戦いにおいて、彼らが有用だからである。

「ま、俺の故郷じゃ顔までは隠す風習なんてなかったんだがね。せっかくなんでありがたく利用させてもらってる。何せこの面だからな」

夜道を行くのは、荷物を背負った死霊術師の男。彼自身が告げるように、フードで隠された顔は異相であった。女騎士の知るどんな人間よりも平坦で、肌の色が濃い。異国―――遠い地の出身なのは容易に想像がついた。

後に続く女騎士は、己の首を左腕で抱え、肉体を覆っているのは厚手のマントであった。背負うのは背嚢。足に履いているのは、藁を編んで作ったのだろうか。不思議なサンダルである。男曰く草鞋というらしい。

「俺の師匠は、俺が住んでたところよりさらに東の島から流れてきたんだ。色々教わったよ。けど一番助かったのは、この"目"との―――死者との付き合い方かな」

「……ぅ……?」

「ああ?視えるんだよ。―――死者の魂が。"見鬼けんき"という。こっちじゃ"妖精の目グラムサイト"って呼ぶのかね」

「……ぁ……ぉ……」

それは確かに、死霊術師ネクロマンサーとしては重要な資質なのだろう。蘇る前、自らも語り掛けられた記憶をおぼろげながら持っている女騎士には得心がいった。

「ま、どこに行こうと人間同じさ。

朝日が昇れば起き出して、飯食ってクソして働いて。夜になったら眠って。生きて。最後には死ぬ。貴賤なんざ関係ない。

俺たちはそのサイクルにほんの少しだけ手を加えることができる。どんな魔法使いだってそうだ。今のあんたみたいにな」

「……ぅ」

「今のお前さんは、この世の理から半歩ほどだがはみ出してる。

昨日の魔界の者なんかは、術者が倒れたら崩れちまったろ?あれなんかは半歩どころじゃなく完全にはみ出してるわけだ。だから術が不安定であっさりと途切れる。

それとは違う。この世の理―――生命と魂の仕組みを利用しながら流れを変えてやったんだ。ま、詐術みたいなもんさ。騙す相手は世界だが」

「……ぁ……」

「お前さんは、俺が維持しなくても崩れたりはしない。この先何十年―――下手をすれば何百年、何千年。殺されるまで永遠に生き続けられる。心が朽ちなければ」

「……ぉ…ぅ……」

「俺たちみたいな死霊術師ネクロマンサーの目的も似たようなもんだ。完全に制御された"死"を迎えることで、魂の永遠を得る。より高次の生命形態に移行するわけだな。俺の師匠もそうやって肉体を脱ぎ捨てていった。俺たちの言葉では"神仙リシ"という。ま、俺自身はまだその境地に至ったわけじゃない。修行中の身だ」

「……ぅ」

「ま、何が言いたいかというと、だ。

あんたはこの世の法則からは外れちまったが、邪悪な存在じゃないってことだ。善くあろうとすることはできる。気に病むな」

「……ぁ」

「そうそう。シケた面してるよりは、そっちの顔の方がいい。せっかく美人なんだからよ」

死霊術師の言葉。

それを受けた女騎士は最初戸惑い、やがてはにかんだ。


  ◇


行き倒れだった。

既に朽ちて久しい。ほとんど肉がこそげ落ち、虚ろな眼窩を晒している。傍らに転がっているのは剣だった。

その傍に跪き、検分しているのはローブの死霊術師。

女騎士も、己の首を抱え直して傍に歩み寄った。

「見てみろ」

「……ぅ?」

女騎士が目を凝らした先。行き倒れの屍から上へ伸びる何かが見えた。紐のような、影のようなおぼろげなそれを目で追うと。

「ぁ……」

ヒト型の影が、そこにいた。頭がある。四肢がある。胴体がある。

だが、子供が粘土で作ったかのようないい加減な造形をしたそれは―――

「死者の魂だ。肉体に縛り付けられたまま漂ってる。もうほとんど自分の形を忘れちまってるな」

滓かな音。耳を澄ませてみれば、それは、死者が救いを求める声だった。

男は、右手でハサミの形を作る。人差し指と中指を伸ばし、それ以外の指を握ったのだ。死霊術師は、作ったハサミで紐を挟みこむ。

いとも簡単に、死者の魂と肉体とのつながりは途切れた。

解き放たれた魂は、風に乗って流されていく。それはやがて、空高く舞い上がり消えて行った。

「……ぁ……」

飛び去って行く彼を見る女騎士の胸中にあったのは、羨望だろうか。

「あのまま冥府に行くか生まれ変わるかは俺にもわからん。まあ死の河に住まう女神の使いを呼び出して連れて行かせる術もあるけどな。連中面倒くさがりなんだよ。

で、彼にはもうこの体は用済みってわけだ。俺はそれを貰う」

男は印を切り、呪句を唱え始める。

それはしばしの間響き渡り―――

やがて、屍がゆっくりと身を起こし始めた。

「とまあこれで、骸骨兵のいっちょあがり。魂がないから複雑な思考はできないけどな」

男は、自分の背負っていた荷物を骸骨兵に押し付けると立ち上がった。

「死者の魂を知覚するってのは、死霊術師の第一歩だ。そういう意味じゃ、死の世界に踏み込んだお前さんも資格がある」

「……ぁ……」

「ま、選択肢の一つとして考えておいてくれ」

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