第二話 ちゅーとりある
そういえばデュラハン生活って銘打ってるのにデュラハンという単語出してないよね(というかキャラ名結局つけてないやないか)
太陽が沈みゆく。
そこは深い森の中。昼間は神秘的な雰囲気を漂わせるその空間も、光が消え失せれば一転、闇と怪奇。そして獣どもが支配する異界と化す。
今、ここにも。
まだ真新しい、土を動かした跡があった。幅はちょうど人ひとり分。人間を葬ったばかりのようにも見えた。
だが。
突如、それは内側から盛り上がった。埋まっていた者が動き出したのである。
土を破って出現したのは、青白い右腕。それは天へ向けて伸びたかと思うと、大地に手をかけ、そして体を引き起こした。
柔らかな曲線。鍛え上げられてなお、美しさを保ったその上半身は女のもの。一糸まとわぬその肉体は、しかし重要な部分が欠けていた。
首がない。
起き上がった彼女は、下半身を引きずり出すと全身から土を払った。そして振り返ると、先ほどまで首の断面が埋まっていたよりも上だった部分を掘り始めた。中から現れたのは、目を閉じた、美しい頭部である。
こうして全身を掘りだし終えた彼女は、念入りに顔から土を落とした。
女騎士だった。
彼女の生首は眼を開けると、己の胴体を見上げた。
「……ぅ……」
口から洩れるのは声ならぬ声にすぎぬ。されど、そこにこもっていたのは哀しみであろうか。
しばしその姿勢を保った後。
女騎士は、己の首を左腕で小脇に抱え、そして右腕で胸を隠し、歩き出した。
◇
人里では眠りが訪れる時間。
されど、死霊術師にとっては仕事初めの時間。それが夜の帳の訪れである。
夕日が沈む直前に目覚めた男は、たき火にかけた鍋をかき回しながら振り返った。
「おはよう。よく眠れたか?」
茂みをかき分けて現れたのは、頭を脇に抱えた全裸の首なし死体。女騎士であった。
彼女は頷こうとして困惑の表情。首が胴体と生き別れてからまだ日も浅い。やむを得なかった。頷きとは首が繋がっていてこその動作である。
「川で水浴びでもしてこい。―――昨日は清めてる暇もなかったしな」
男の言う通りだった。古城での死闘―――闇の軍勢を討ち滅ぼした女騎士は、男に連れられるまま、この森の奥深くにやって来たのである。もはや人里に近づける体ではなかった。化け物として、石もて追われるだろう。
この場所は、男が荷物を隠していたところだった。とはいえ真に貴重なものは常に身に着けているのだという。あの城での戦いでその全てを使い果たした男曰く「とんだ赤字だ」とのこと。
昨日の昼頃、ここにたどり着いた際。男が最初に女騎士へと教えたのは、寝床の作り方だった。
女騎士を動かすのは偽りの生命。その源は魔術である。彼女の生命は魔力によって支えられていた。
故に、彼女の傷を癒し、糧となり、安息をもたらすのは魔法の力である。気。プラーナ。オド。呼び名は何でもよい。それを得る術は様々だったが、最も簡単な手段は埋葬だった。
大地を掘り、そして自らを埋めた彼女は泣いた。暖かい。死んで以来初めての安息であった。光射さぬ土の中、泣きながら、彼女はいつしか意識を喪失していた。
そして今。目覚めた体には力がみなぎり、そして眠りに入る前には残っていた負傷―――
気分は悪くない。少なくとも、戦いが終わった時の、自暴自棄な気持ちは消えていた。先行きは相変わらず不透明だったが、己も眠ることはできると知って少しだけ気が晴れていた。
眼前のたき火に目をやる。
三本の枝を組んだ台からぶら下げられた鍋から漂う匂い。かつての女騎士であればおいしそうな、と評しただろう。だが今は食欲がまったく湧いてこない。もはや彼女にとって、食物とは糧ではないからだろうか。
女騎士は、己の体を見下ろした。
払い落としはしたものの、土まみれの全身。体内にはまだ、辱められた際に注入された腐汁が残っていたはずだった。眠りにつく前には、そこを清める気力すら喪失していたのである。もはや子を成すことはかなわぬ身とはいえ、彼女にも女としての自尊心があった。
「……ぉ……」
女騎士は死霊術師の男に目礼すると、茂みをかき分け川へ向かった。
◇
岸に首を置くと、女騎士は川へ足を踏み入れた。
その手は体を清めていく。ゆっくりと。丁寧に。
今の時期、水は身を切るように冷たいはずだった。だが何も感じない。温度が分からぬのではなかった。冷気を苦痛と認識せぬのだ。このようなところまで不死の力が及んでいるのかもしれぬ。少なくとも、死後に感じた寒さとは物理的なそれと無縁なのだろう。
不意に、水面へと視線を向ける。
そこに在ったのは、首のない女の肢体。青白いそれは、月光に照らされ、この世の者とは思えぬほどに美しい。いや、実際にそうなのだ。魔術によって与えられた偽りの生命が突き動かす、
もう館には帰れない。優しい母とも、厳格な父とも。兄弟姉妹とも。使用人たちとも。師とも。顔見知りの領民たちとも。これでは顔を合わせる事すらできない。こんな化け物を、誰が受け入れてくれよう?
涙があふれて来た。生首の眼からとめどなくあふれ出るそれは、少なくともその心性において彼女がまだ人間であることの証左だったが、だからと言って何の慰めになろうか。
やがて涙も枯れ果てたころ。
女騎士は、己の首を洗った。涙の痕など残らぬように。未練を洗い流すべく。
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