第三話 森の悪霊

本能の赴くまま書いてるだけです(ぇー)

魔法使いは化外の民である。

彼らはいかなる権力にも従う義務を持たない。関所も国境も関係なく、自由にどこへでも行ける。

それは、裏を返せば国家の庇護を受けられない、という事でもあった。

とはいえ、彼らを好んで害する者は少ない。魔法使いは不可思議な技によって身を守っており、下手に手出しをすれば手痛い反撃を受けると知っているからである。山賊や野盗の類ですら魔法使いを恐れる。

だが、その事実は魔法使いが人里と無縁であることを意味しない。彼らも生きている。飯を食い、酒を飲み、ベッドで眠る。服を仕立てるために布を買い求め、あるいは貴重な薬草と引き換えに、只人からはガラクタとしか見えぬものを手にして去っていく。

ここ、山間にある村でもそうだった。


  ◇


太陽が、天の最も高いところからやや傾き始めた頃。村の鍛冶場から出て来た男の姿があった。

ローブの死霊術師である。

彼はたった今、交易を終えたばかりだった。あの古城でいくつか拾い集めた武装類。事実上の屑鉄を、路銀の足しにとばかり売り飛ばしたのである。

彼は魔法に長けていたし、真に力ある呪物を作り出すことすらできたが、小さな村ではそのような大きなまじないはなかなか商売にならぬと経験上知っている。それよりは即物的なものの方がすぐに金にはなった。辺境では鉄は貴重である。鍋の底に穴が空けば継ぎ足し、何世代にもわたって使うほどだった。

とはいえ、先日失ってしまった数々の呪物。不可思議な魔法の品々の価値とは比べものになどならぬのだが。

男は、村の中央を走る街道へと出た。

緩やかな傾斜にそって伸びたそれは、両側に石造りの家屋が立ち並んでいる。その外側にそそり立つのは険しい山脈。

陽光を地形で遮られたこの地では大した作物はとれぬのだろう。見える範囲にある段々畑で育てているのは蕎麦だろうか。

男は、家々を巡った。

家は一様に入り口や窓が小さく、そして煙突が目立った。暖かさを逃がさぬようにであろう。屋根は何かの顔料を用いているのだろうか。赤い瓦のように見えた。

巡った先、顔を出した住人に、男は困りごとはないかと訊ねた。このような地では困りごとが絶えることはなく、人々はいつもささやかな魔法の助けを必要としていたから、魔法使いが巡ってくれば頼みごとをするのが常だった。

男は薬草を配り、家の壁に怪異避けのまじないを描き、護符を手渡し、失せものを探し、作物の育ちがよくなる術をかけ、吉凶を占った。代価として、裏庭の家庭菜園で採れた野菜や、蕎麦、酒、時には古着などが得られた。

鉄を売り払って空っぽになった背嚢を、食料や物資でいっぱいにすると、男は村を後にした。

もうすぐ、日が沈む。


  ◇


女騎士が地中より目を覚ました時、死霊術師は煮炊きを始めていた。

死者の体は昼の間眠りにつかねばならぬのが難儀である。陽光は彼女にとって致命的ではないが、快適なものでもなかった。例えるならば、吹きすさぶ嵐の中、全裸で外を歩くようなもの。なるほどそれで死にはしないが、不愉快な事に変わりはない。陽光が遮られた森の中ではマシとはいえ、やはり昼間に活動したいとは思えぬ。

最もこれは、自然の法則を外れたあらゆる存在に大なり小なり共通する性質であった。女騎士のように悪しき属性を持たぬ者だからその程度で済んでいるとも言え、特に闇の魔法に対しては陽光の力は絶大である。それ故に人々は太陽神を至高の守護神として奉るのだ。強大な闇の勢力にひ弱な人の類が立ち向かえているのも、太陽という味方があってこそだった。

「おはよう」

「……ぉ……」

もはや恒例となった挨拶を交わすと、女騎士は体から土を払った。彼女は眠るとき、いつも全裸である。一着しかないマントを汚すのは嫌だったし、土はとても柔らかく、暖かに彼女を迎え入れてくれた。

体を清めに行くべく首を拾い上げた彼女へ、男は声をかけた。

「ああ。古着を貰って来た。たぶん合うと思うから、後で確かめよう」

「…ぁ……」

女騎士の生首。その表情が喜色に染まった。もはや寒暖など関係ない体とはいえ、やはりまともな着衣は喜ばしい。

心なしか軽い足取りで、死せる女騎士は泉へと向かった。

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