SUSHI ROAD

monae

本編

「……それでね、シロ。前にここに来たときは、高い木の上に瑠璃色の小鳥がいて」

 枯れた太陽の下、道なき道を、一台の自動二輪モビが走っていた。

 ごつごつとした石礫を器用に避けながら、運転席の小柄な少女は通信機に向かって話し続けた。

「約束したんだ。また会ったときには、ぼくに鳥の歌を教えてくれるって」

『もう聞き飽きたよ、ヒカリ。で、その標点ポイントはまだ見えないのか?』

「うーん、座標コードではもう近くのはずなんだけど……」


 今となっては遠き昔、寿司は整然と敷かれた自走街道レーンの上を人の力なしに駆け巡っていたという。

 だが道というものは既に途絶えて久しく、世界に寿司を循環させるためには、こうして彼女たち〈マワリ〉が各標点ポイントを訪れなくてはいけないのだ。


「あ! あれかな……でも……」

 その廃屋の姿は、ヒカリの記憶に映る緑なす木々に囲まれた一軒家とは、あまりにかけはなれていた。

 彼女は二輪を影に止め、虚ろに響くノックの返事をしばし待ってから、ゆっくりと中へ入った。

 切り取られた陽光が、無人の室内に舞い散る埃と蜘蛛の巣を浮かび上がらせた。


 テーブルの上は銀の皿一枚、黒の皿三枚に赤の皿二枚がきちんと積み重ねられており、ぴったりその分の硬貨が脇に置かれていた。

 ヒカリは、その下に敷かれた小さな紙片に気がついた。

 そこにはほとんど風化しかけた褐色のインクでこう書かれていた。

「ごちそうさま。約束、守れなくてごめんなさい」


 彼女は少しの間立ち尽くしたのち、皿をバッグへ、硬貨を腰の金庫へ、そして手紙を折りたたんで胸ポケットに仕舞い、その家を後にした。


『随分早かったな。ちゃんと教わったのか?』

「――ねえ、シロ」

『なんだ』

「お寿司って、おいしいのかな?」

『知るわけないだろ』

「……ちょっとだけ食べてみようかな」

『やめとけよ、人間のマネは。生成機構ジェネロが錆びるぞ』

「うん、そうだね――」


 沈みゆく陽が、走り続ける少女のシルエットを、赤茶けた大地に長く投げかけていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SUSHI ROAD monae @monae

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ