544神猫 ミーちゃん、イリュージョンです!

 始める前にグラムさんと打ち合わせ。俺がお願いしたらグラムさんが順番に階段の上に罪人を連れて来るように頼む。



 密かに作ってもらっていた拡声器を持ち壇上に上がる。



「あー、あー、てす、てす」



 うん、大丈夫だ。反乱軍が使っていたような不出来な拡声器と違い。素晴らしい出来の拡声器だ。



「町のみなさんこんにちは。神猫商会の副会頭兼ブロッケン辺境伯のネロです」



 急に中央広場から大きな声が聞こえ、広場周辺にいた人たちが俺に注目する。中央広場に面した建物からも何事だとばかりに人々が顔を出す。



「そして聞いているか闇ギルドの馬鹿者どもと、馬鹿貴族ども! これから俺の命を狙ったこいつらの公開処刑を行なう。次はお前らだ! 首を洗って待っていろ!」


「み~!」



 別に聞いていなくても構わない。これだけ派手にやれば、必ず耳に入るはず。



「俺は情け深いからな。首吊りや首切りなんて野蛮なことはしない! 代わりに、罪深き罪人を魔界に送って亡者どもにその命を委ねる! 亡者に存分に可愛がられ、生あることのつらさを存分に知るがいい!」


「死ぬよりつらいということじゃろう?」


「ここで死んだほうが楽とは、ネロくんはオーガだな」



 うるさいぞ。そこのギルド長二人!



「まずはお前だ! なに知らん顔している! 幹部のお前だ!」



 地下の部屋にいた初老の男だ。自分だと気づき暴れるが、グラムさんに引きずられ後ろからグラムさんに拘束された状態で壇上に立つ。


 奴の足元にはぽっかりと上部が開いた箱がある。一歩前に出れば落ちる距離だ。



「この男は暗殺ギルドか盗賊ギルドの幹部だ。まずは、責任者から行くのが順当だろう」


「うー! うー!」



 暴れようとするけどグラムさんが押さえているのでビクともしない。



「穴の底が見えるか? お前が送り込んだ殺し屋が、魔界から苦しみの表情でお前に手を伸ばす姿が見えないか?」


「うっ!? うぅぅー!」



 俺には見えないけどね。ただの箱だし。


 この頃になると観客がわんさかと集まっている。満員御礼だ。周りの建物の二階以上の窓からこちらを見ている人もいる。



「さあ、逝くがいい!」



 俺が指をパチンっと鳴らし青白い閃光をだし、グラムさんが穴に蹴り落とす。



「うぅーーーー!」



 ミーちゃん、お願いします。



「み~」



 底に落ちる前に消えた。もちろん、誰にも見えていない。



「さあ、次はお前だ! もう一人の幹部野郎!」



 暴れて逃げようとするがルーさんたちが押さえつけ、グラムさんに引き渡す。


 壇上に上がり穴を見て、顔面蒼白になり震えだす。上から見れば箱の中に誰もいないことは歴然。


 箱の周りには仕掛けを施すようなものはなく、箱の中以外はまる見え。さっきの幹部はどこいった? って感じになる。


 そこで、魔界の話が真実味を増す。グラムさんが押さえていないと立っていられないほどガクガクブルブルだ。


 周りで見ている人たちは箱の中にさっきの幹部がいると思っているだろう。魔界なんて馬鹿じゃないの? ただのショーでしょう? って普通の人なら思ってるはず。まあ、そこが真実味を増す狙いでもある。


 この箱は大人一人、無理やりなら二人しか入らない大きさ。ここにはあと二十九人の罪人がいる。観客の表情が変わるのが楽しみだ。



「さあ、お前が捨て駒にした連中の手が伸びて来てるぞ。逝って仲間になれ!」



 俺が指をパチンっと鳴らし、グラムさんが蹴り落とせばミーちゃんの出番。



「み~」


「さあ、どんどん行こう! 亡者どもが手ぐすねを引く待っているぞ!」



 暴れる罪人を俺の合図で投げ入れるように突き落とすグラムさん。


 さすがに三人目ともなると、観客も箱の中にすんなりと落ちることに疑問を持ち始める。どう考えても大人三人の体ではあの箱に入りきらないと。


 四人目ともなるとキャーという悲鳴が聞こえ始めた。


 いい感じだ。こちらの狙いどおりの展開になってきた。


 最初はたんなるイリュージョンだと思っていたのが、一人が恐怖心を覚えることで、恐怖がほかの人々に伝播していく。これは本当にイリュージョンなのか? 本当に魔界に突き落としているのではないのか? とネガティブな感情に支配されていく。それが人の心。


 このことは人々の心に残り、そして必ず誇張されて噂が広まる。一度始まれば、噂の感染はもう誰にも止められない。これぞ人の心理を突いた、流言の計!


 今回の件に関わ多くの馬鹿貴族、そして闇ギルドにトラウマを与えてやる。


 次々と罪人を突き落していくと、だんだん悲鳴も消え目を逸らす人々が増えてくる。それでもこの場を去ろうとする者はいない。いないどころか増える一方だ。


 イリュージョンを見るという目的から、怖いもの見たさへと変わってきた。


 そして、とうとう最後の一人。



「罪人どもよ魔界に落ち、悔い改めよ!」



 最後の一人が落ちた後、中央広場に恐怖の悲鳴が響き渡る。


 はいはい、終了ですよ。撤収、撤収。


 ゼルガドさんが箱を壊してバラし始めると、首をひねり、それから首を左右に振って作業を続ける。ゼルガドさん、いいリアクションをしてくれる。自分で作っておきながら、種も仕掛けもねぇなってね。


 それを見た観客からおぉー! と声が上がる。


 大成功!



「み~!」



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