213神猫 ミーちゃん、悲しみは桜と共に。

 安らかな寝顔のようにしか見えない。目の前に来てもまだ信じられない……。



「良く来てくれました。女帝……いえ、母も喜んでると思います」



 ミストレティシアさんは微笑みながら言ってくれているが、目には涙の跡が見える。宗方姉は彩音さんを見た瞬間、我慢していた涙が一気に溢れ出したようで弟にしがみついて泣いている。宗方弟は唇を噛んで涙をこらえてるようだ。レティさんは無表情で扉に背を預けている。


 レティさんが俺の部屋に来て彩音さんが亡くなったと告げた後、気を取り直した俺は宗方姉弟を叩き起こして事情を説明し義賊ギルドが用意した馬車に乗り込んだ。この部屋に着くまで誰一人言葉を発していない。


 ミーちゃんが俺の腕からベッドに飛び移り、彩音さんの顔にスリスリして悲しそうに泣いている。ミーちゃんも人の死と言うものをちゃんと理解しているようだ。



「母は最後にあなた達に会えて幸せそうでした。私はあなた達と母の関係を知りません。ですが、ネロ君と会い、そちらのお二人と会って今まで娘である私でさえ見た事のない程笑顔を見せるようになって……見違えるように元気になったと思っていたのに……」



 夜にミストレティシアさんが彩音さんの様子を見に来た時には、既に息を引き取った後だったそうだ。俺と会ってからは食事もちゃんととるようになり、渡してあったミネラルウォーターも欠かさず飲んでいたらしい。渡してあった味噌と醤油を使った料理も嬉しそうに食べていたと言う。


 この間あった時も、顔色も良く元気そうに見えていた。だけど、今考えるとミーちゃんの帰り際の行動がおかしかったようにも思える。彩音さんの顔も何かを悟っていたような感じにも思えてくる。何を言っても遅いけど……。


 ミストレティシアさんが俺に封筒と古ぼけた羊皮紙を渡して来た。彩音さんが自分が死んだら俺に渡すように言っていたらしい。


 封筒の手紙をざっと読む。彩音さんからの謝罪の手紙だった。彩音さんは今回の件に限らず、異世界に来た先達としてもっと俺に協力したかったらしい。しかし、神様から待ったがかかったらしいです。彩音さんには彩音さんの人生があったように、俺には俺の人生があると言って、神様は俺には必要以上の協力はしないようにと釘を刺されたと書いてある。彩音さんが俺に協力すればする程、俺が闇の世界に近付く事を危惧したそうです。今さらのような気がするけど……。


 その為に、俺に関する事で神託スキルを使うことができなかったと書いてある。確かに神託スキルで聞いてみたい事はいろいろあった。特に、ポンコツ神様が役に立たない今、ミーちゃんを神界に帰す方法は聞いておきたいと思っていた。


 に使えない代わりに、彩音さんが神託スキルで知り得た情報が書かれた羊皮紙をくれると書いてある。彩音さん自身は役立たせる事はできなかったけど、きっと俺になら役に立つとも書いてあった。下の方には最近書かれたと思われるものも数行書かれている。


 彩音さん、ありがとうございます。大事に使わせてもらいますね。


 最後に残りの召喚された者達の事もできれば助けてあげて欲しいとも書かれている。義賊ギルドは娘さんのミストレティシアさんが継ぎ、偽勇者の件は引き続き継続して監視するそうなので協力させると書いてある。


 やっぱり、気にしてたんだね。彩音さん優しい人だから……。



 ミーちゃんが彩音さんにスリスリするのをやめて、急に上を向いて一鳴きした。



「み~」



 なに? と思ったら部屋の天井から光が降りてきて、光が彩音さんを包む。とても温かい光だ。


 光がすぅーっと消え始め、彩音さんの姿も消えていく。神様が彩音さんを迎えに来たんだろう。彩音さんは神の加護を貰らえる勇者以上に神様と繋がっていた。そんな神様が彩音さんを迎えに来てもおかしくない。


 彩音さんを包んでいた光はほんの短い時間だったのだろうけど、俺にはとても長く感じた。神様が彩音さんに別れの言葉を言う時間を作ってくれたようにも感じる。光に消えていく彩音さんに、俺達は大丈夫ですからと何度も心の中で言っていた。最後に言うか言うまいか迷ったが言わずにいた言葉がある。


 彩音さんは、この世界に来て幸せでしたか?


 彩音さんが幸せだったのか……今となってはわからないけど、幸せだったと思いたい。じゃないと悲し過ぎる。



 光が消えたベットの上には悲しげな顔をしたミーちゃんと、一房の満開に咲いた桜の枝が残されていた……。



「みぃ……」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る