206神猫 ミーちゃん、なんとなくはわかってました……。

 俺の報告が終わった後、彩音さんはミーちゃんを優しく撫でながら、ポツリポツリと自分の半生を語り始めた。


 どの位、語っていたのだろうか……何度かミネラルウォーターを飲んでもらいながら語り切った彩音さんは、だいぶ疲れた様子を見せている。ミーちゃんが心配そうに彩音さんを見上げ見つめている。


 以前、彩音さんは順風満帆の人生だったと言っていた。確かに神託スキルのお陰で進むべき道がわかっている。いや、違うな。神託スキルのせいで多くの者を救う為、力無き少数の者を犠牲にしなければならない事がわかってしまう苦悩……その思いはいか程のものなのか、俺には想像もつかない。そんな事を何度も繰り返し、今の義賊ギルドを作り上げた。それは順風満帆と言うより波乱万丈の人生で、小説が書けてしまうのではと言う程の内容だった。


 宗方姉は話の途中からずっと泣きっぱなしだ。涙を拭くようにハンカチを渡すと勢い良く鼻をかんでくれたので、そのハンカチはプレゼントしようと思う……。



「聞いているかも知れないけど、日本に戻る事はおそらく不可能でしょう。私も探しましたけどその術は見つからなかったし、神様にも聞いたけど回答は得られなかったわ。あなた達の能力はちゃんと鍛えれば、この世界の人々より多くの点で勝るの。その反面、心を鍛える事を怠れば、簡単に闇に落ちるわ。闇に落ちた異世界の者は、神より神敵とみなされ討伐対象になり、その討伐をおこなって来たのが義賊ギルドなの」


「僕達も闇に落ちれば討伐対象になるのですね」


「過去に神の加護を持たない異世界の者がこの世界に何人も来ているわ。たいていの者はその力に溺れて闇落ちしてるけど、幸せに人生を終えた者も居るのよ。あなた達には幸せになってもらいたいの。だから心を鍛えなさい。悪より善、闇より光、力に溺れず謙虚に生きるの。日本で学んだ倫理、道徳を忘れてはいけないわ。これは、とても大事な事よ」


「具体的にはどうすれば良いのでしょうか?」


「多くの人々と絆を深め、愛を育みなさい」



 彩音さんはミーちゃんを抱きあげて、宗方姉弟の方にミーちゃんを向ける。



「この子猫ちゃんを可愛いと思うでしょう?」


「み~?」


「「はい」」


「闇に落ちれば、可愛いと思うよりすべてを奪いたいと思うようになるわ。そして、思い通りにならないのなら、消してしまえと……魔王より悪辣ね」


「みぃ……」


「「……」」



 俺にはミーちゃんが居るから安心だし、小心者だから大それた事しようなんて思わないから心配ないね。



「み、みぃ……」



 ミーちゃんに、それもどうなの~って顔で見られてる。おかしいなぁ、何事も普通が一番だよ?



「大奥様、そろそろ休みください」


「大丈夫よ……」


「いけません。またの機会に致しましょう」


「そうですね。また、伺いますよ。その時は、美味しいものいっぱい作って来ますね」


「彩音さん、また話を聞かせてください」


「なんてったって、私達異世界組の先輩だからね。頼りにしてます!」


「フフフ……先輩なんて懐かしいわ。そうね、少し疲れました。休みましょう……」


「みぃ……」



 この時、ミーちゃんが執拗に彩音さんにスリスリ、ペロペロしていたのは、ミーちゃんにはわかっていたのかもしれない……。それから三日後に彩音さんが亡くなったとレティさんに聞かされる事になるなんて……。




 うちに戻ると、宗方姉弟が何やらやる気をみなぎらせている。彩音さんと会った事で、何か思う所があったようだね。


 昼食をとった後、味噌と醤油を作ってる村に視察に行く。宗方姉弟もどこに行くかわからないのに出掛けたそうな目を向けてきたけど、今回は勘弁。そんな目で見ても連れて行かないぞ……。


 ヴィルヘルムからスミレを走らす事少し村に着く。なんか賑わってるね。



「み~」



 村の中心部に向かって歩いて行くと、村長さんが何やら指揮をとって声を張り上げているのが見えた。



「なんか、賑わってますね?」


「なに言ってるんですか、ネロさんが蔵を建てろと仰ったんじゃないですか!」



 成程、蔵を建てるのに村人総出でやってるのね。後で詳しく聞いたら近隣の村人も出稼ぎに来てるみたいだね。蔵だけでなく大きな木桶も作ってるので人が足りないそうです。



「それにしても……予定より大きくないですか? それも二棟建てるみたいだし……」


「なに言ってるんですか! 味噌蔵と醤油蔵を建てるに決まってるでしょう!」


「でも、他の蔵の二倍はあるように見えるんですけど……」


「そ、それは、ネロさんが寄こした予算に見合った蔵を建てようと言う事になり……」



 どこぞの職員みたいな事言っている。もらった予算は年内中に使い切れってやつですか? まあ、良いですけどね。



「それは構いませんが、これに見合った生産量を確保できるんでしょうね?」


「その辺は抜かりなく。神猫商会さんですべてを買い上げて頂けると言う事ですから、近隣の村にも声を掛けているので原材料は揃えられます」



 この村はヴィルヘルムに近いので、塩も安く手に入る。内陸のベルーナではこうはいかないだろう。地の利と言ったところだ。



「期待してますよ」


「お任せください。来年の今頃には出来上がっていますよ。ハッハッハ!」



 本格的に売り出せるのは来年になる。それまでは、村の残りの味噌と醤油でやり繰りしないといけない。正直、在庫が心許ない。嬉しい悲鳴なんだけどね。村長にはもち米の増産もお願いしている。今年の分はもう間に合わないけど、来年は作付面積を増やしてくれるそうだ。もちろん、近隣の村にも声を掛けてもらっている。


 神猫商会の主力商品だから、増産されるのが楽しみだね。



「み~」





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