み~ちゃんの異世界放浪記 その伍

 ある日の王都の貴族街、その中でもひと際大きな館の一室。



「良いか必ず手に入れて来い。所詮は平民、金を見せれば売るだろう」


「売らないと言った場合は如何致しますか?」


「一旦、出直せ。その後、どのような手を使ってでも奪え。闇の者を使ってその者を殺しても構わん。良いか、あの馬鹿者共に我が家の力を見せつけてやるのだ。我が家はこのままでは終わらんとな!」


「承知しました……」




 その日は曇り空でいつ雨が降ってもおかしくない天気だった。


 とある宿にその宿には似つかわしくない高級な馬車が止まり、中から執事風の男と護衛らしき男が降りてきて宿に入って行った。


 執事風の男は宿のカウンターに居た受付の者に声をかける。



「済まないが、この宿に狼の子を連れた者が泊まっているはず。呼んでもらえないかな」


「失礼ですが、お客様はどちら様でしょうか」


「これは失礼した。私はゾルムス家に仕える者。先方にもそうお伝え願いたい」



 ゾルムス家、ルミエール王国の北に位置する辺境伯の分家筋にあたり、男爵の地位にある貴族である。小領ながらも領地持ちの貴族で、本家の威光を笠に着て表向きは羽振りの良い家と評判の貴族である。


 二階の角部屋に受付の者が赴きドアをコンコンコンと鳴らす。



「ネロ様にお客様がお見えです」


「はーい。ちょっと待ってくださーい」



 ドアが開き顔を出したのは年若い男性、この世界の基準からすると、十五、六歳だろうか。身長はそこそこだが痩せ型で見るからに荒事には向かないタイプ。


 ネロと呼ばれた男の腕の中には真っ白な艶々の短毛種の子猫が抱かれていた。眼の色はブルー、それはそれは宝石のようなブルー、どこまでも澄んで全てを見透かすかのようなサファイアブルー。子猫の名前はミーちゃん。百人居たら百人が可愛いと言う程の器量良し。首にはピンクのリボンが巻かれており、更に愛らしさが増している。



「お客さんって誰ですか?」


「貴族様のゾルムス家ですよ。お知り合いじゃないんですか」


「貴族に知り合いがいると思いますか」


「……」


「仕方ない、会いに行きますか。みんなはお留守番ね」


「み~」



 ネロはミーちゃんを部屋に戻すと部屋の中から別の動物の鳴き声と、わかったにゃとの声が返ってくる。その声を聞きネロは一階の食堂に居るゾルムス家の者のところに向かう。



「初めましてですよね。それともどこかでお会いしましたか?」


「ネロ様の仰る通り始めてお会い致します」



 ネロが食堂に行くと執事風の男は食堂の端のテーブルに居た。執事風の男が椅子に座り、その後ろに護衛の男が立っている。


 執事風の男は三十台半ばくらいに見え身なりはピッシっとしているがやや疲れた顔をしている。護衛の男は、目付きが鋭く傍から見ても堅気の者には見えない。ネロは二人を観察して、正直どう見ても胡散臭いと思ってしまう。明らかにちぐはぐなコンビだと。



「それで、どのようなご用件ですか」


「我が主がネロ様のお連れになっている白い狼の子をいたくお気に召したようで、自分のもとでお育てになりたいと仰られております。言い値で構いませんのでお譲り願えないでしょうか」


「申し訳ありませんが、ルディはある方から預けられた身。お売りする事はできません。ですが、そう言ってもらえてルディも喜ぶでしょう」


「では、売って頂けないと?」


「残念ですが」



 突然、護衛の男がテーブルに革袋をいくつも置き始める。



「一袋に金貨二十枚入っています」



 テーブルの上には二十袋あるので、四千万レトある事になる。



「足りなければ、この倍出しましょう。如何ですかな?」


「どこでルーくんの話を聞いたのか知りませんが、安く見られたものですね。この百倍あってもルーくんの価値に届きませんよ」


「……」


「ガキが調子に乗るなよ」



 護衛の男がネロの横に移動して顔を覗き込むようにして言い放つ。ネロは何食わぬ顔で睨み返す。



「おやめなさい。どうしても、お売り頂けないと?」


「えぇ」


「ちなみに、ゾルムス家の事はご存知で?」


「さあ、知りません。この国の者ではないので」


「そうですか……帰りますよ」



 執事風の男は一瞬ネロに哀れみの目を向けてから、そう言って席を立ち宿を出て行くのであった。



「チッ、手間かけさせやがって……」



 護衛の男は金貨の入った袋を集め、ネロに汚れた目を向けてから立ち去った。



「ま、不味いですよ。ゾルムス家を怒らせたら……」



 物陰に隠れて盗み聞きしていた受付の人が、ネロにゾルムス家についてを語って聞かせてくれた。



「典型的な馬鹿貴族ですか……面倒事にならないと良いなぁ」





 豪華な馬車が王都の道を進む。



「では、予定通りに進めるぞ」


「致し方ありません……」


「そこで降ろせ。あのガキをるなら、闇の者も喜んで手を貸すだろう」



 豪華な馬車は西区の端に通りかかると止まり、護衛の男を降ろしてまた走り出した。西区と言えば最近、ハンター達によって闇金融の一つが潰された事で街の人々の話題になった場所でもある。


 そんななか、命を狙われているとも知らないネロ一行はいつも通りの生活をおこなっていた。


 ケットシー族のペロ、オスのトラ猫のケットシーで好奇心旺盛、特に食べ物に関しては他の者の追従を許さない。ケットシー族特有の身の軽さを活かした剣術は、たとえ倍以上の体格の人族をも翻弄する程の腕前。AFの小曲刀虎徹の力も相まって相当な実力者である。


 黒豹族のセラ、普段は黒猫の格好をしているが本来の姿は艶やかな黒い毛を纏った体長二メルを超える金色の眼を持つメスの黒豹。ブロッケン山の黒豹族の族長の孫でもあり、余程の腕の持ち主でもない限りセラの相手にはならない程の実力の持ち主である。


 そして、先ほどの話題になったブロッケン山を治める白狼族の長の末子ルディ、通称ルーくん。真っ白な毛並みはミーちゃんとは違いフワフワ、モコモコ。ミーちゃんと一緒に居るようになり、お風呂に入る習慣がつき毎日身綺麗になった為、狼と言うより犬と認識される方が多くなった今日この頃。まだまだ、小さく攻撃する程の体力は無いが、その身に宿す異能魅了眼は強力でレジストできなかった場合、ルーくんにメロメロ状態にされてしまう。


 バトルホースのスミレ。クアルトのバザーで出会った調教師さんから譲られたバトルホース。出会った時は、通常では回復不能な程の重病だったが、神様仕様のミネラルウォーターのお陰で全快して元気に走り回るようになる。バトルホースの中でも優秀な者に出ると言われる疾風スキル持ちのうえ、異能剛脚を持つ事で通常のバトルホースなどでは追従する事が不可能な程のスピードを誇る。



 そんなメンバー達が今居るのは王都近くの草原。スミレの運動の為に自由に走れる場所に来ている。スミレと黒豹の姿に戻ったセラは日頃の鬱憤を晴らすかのように自由に草原を駆け回る。


 ネロ達は腰の高さ位までの草に覆われた場所の草を刈りシートを敷いて、思い思いに日向ぼっこを満喫している。ミーちゃんとルーくんはネロにじゃれつき、甘噛みしたりと甘え遊んでいる。ペロに至ってはゴロゴロとシートの上を転がりながら器用にドライフルーツをパクパク食べている。そんな昼前ののんびりとしたひと時であった。



「み~」


「がう」


「むにゅむにゅだぞ~」


「うにゃ? ネロ、不味いにゃ。囲まれているにゃ」


「へ?」



 突如、四方から矢が降り注ぎ、覆面姿の者達が姿を現して襲撃してきた。



「にゃにゃにゃ! ネロ、何とかしてにゃ」


「何とかって……やってみますか!」



 ネロ達の周りから強烈な上昇気流が起こり、ネロ達に迫っていた矢の軌道が変わり全ての矢が見当違いの方向に飛んで行く。



「み~」


「がう」


「おぉー。やるにゃにゃいか、ネロ」


「来るぞ!」



 姿を現した者達は無言のまま弓を捨て剣を抜きネロ達を包囲する。どうやら、生かして捕えるつもりは無いように伺える。


 ヒュンッ!



「グハッ」



 まだ、誰も剣の届く場所に居ないはずなのに、覆面の者の一人が自分に何が起きたのかさえわからぬまま崩れさる。襲撃者一様に動揺が広がるがこれが引き金となり襲撃者達が走り出す。



「ミーちゃんはキャリーバッグに! ルーくんは魅了眼を、危なくなったらキャリーバッグに隠れるんだ! ペロは出過ぎるなよ!」


「みぃ……」


「がう」


「虎徹が血を求めてるにゃ!」



 襲撃者は倒れた者も含め二十五人。普通なら一人の青年を狙うにしては大掛かりに思える人数。


 しかし、予想に反して襲撃者は一人、また一人と倒されていく。ネロの銃による攻撃に、ペロの虎徹をもってしての剣撃、ルーくんの魅了眼により戦意喪失する者。襲撃者にとっては悪夢でも見てるかのような光景である。



「ひ、引け!」



 襲撃者が五人まで減ったところでリーダーらしき者が撤退の合図を出すが、時既に遅し。草原を走り回り満足したスミレとセラが戻って来たところでネロ達が襲われて居るのを見て参戦、残りの襲撃者に襲い掛かり呆気なくリーダーを残し全滅。リーダーはスミレに踏まれて身動きができない状態になっている。



「生きてる奴は捕らえて連れてくよ」



 ルーくんの魅了眼にやられた三人とネロの銃で怪我した二人に、スミレの足元のリーダーをロープで縛り上げ、猿轡をかませられる。



「こいつらどうするにゃ?」


「俺達を狙った理由を聞き出すんだよ」


「拷問にゃ!」


「みぃ……」


「ハンターギルドに連れて行けば、尋問とか得意そうな人とかいるかもしれないからね。ジンさん辺り得意そうだし……」



 ネロ達はお昼を食べずにピクニックセットをミーちゃんバッグに収納し、亡くなった襲撃者も収納してもらい街に戻る事にした。捕まった男達は観念したのか抵抗する事も無くおとなしく連行されて行く。


 当然、街の門で衛兵に事情を聞かれるが事情を説明して通してもらいハンターギルドに急ぐ。


 ハンターギルドに着くと暇を持て余していた受付嬢や依頼に出ていない女性ハンター達が、ペロ、セラ、ルーくんを見つけてモフり始めて大賑わい。


 そんな中、一人の男がネロに話掛けて来た。



「ネロ、なんだそいつらは?」


「丁度良いとこに来ました。ジンさん」


「俺に用か?」


「この人達に街の外で襲われまして」


「なに!? 怪我はしてねぇか!」


「大丈夫です」


「み~」



 ハンターギルドに居たジンと言う男。王都のみならず、ルミエール王国のハンターの中でも五本の指に入ると言われる程の実力の持ち主。竜爪のジクムントと言う二つ名まで持っている。


 そのジンがネロが連れてきた者の服を剥ぎ取り右肩を見る。そこには剣に蛇が絡みついた意匠の刺青が彫られていた。



「マフィアだな。ネロの事は漏れないようにしたはずなんだが……」


「マフィアですか……前回の件ですかね?」


「おそらくな。こいつら俺が預かるぜ」


「構いませんが、衛兵さんに引き渡さなくて良いんですか?」


「そっちも手は打っておく」


「じゃあ、ジンさんにお任せしますね。死体はどうしますか?」


「草原にでも捨てておけ、モンスターが処分してくれるぜ」


「り、了解しました」


「みぃ……」



 ジンは近くに居たハンター達に声をかけて連行してきた者達を連れ、どこかに行ってしまった。



「み~」


「みんな、お昼ご飯にするよ~」


「待ってたにゃ!」


「にゃ」



 …………………………。



「……ん? ルーくんは?」



 ネロがペロ達をモフっていた女性陣達を見るが、誰もルーくんをモフっていない。女性陣も知らないと首を振っている。



「どう言う事?」


「み~?」




 み~ちゃんの異世界放浪記その陸につづくのである。


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