第6話「一ヶ月後」

「こちらが新しい警視庁の設計募集案となります」

 秘書から分厚い書類の束が渡され、ざっくりとだけ確認する。

 六ヶ月前、巨大な卵が皇居に出現した。当初こそ危険性が指摘されていたが、市民に対する直接的な害がなかったこともあり、それは新しい風景の一部として認識されるようになってしまった。しかし一ヶ月前、それは「孵化」する。卵から生まれてきた怪獣は南下して桜田門へと向かい、警視庁庁舎や隣接する警察総合庁舎を破壊。その後国会議事堂をかすめ、青山通りに沿って西進・渋谷方面に進んでいく。

 ただ、今回は自衛隊の対応も早かったのだ。陸上自衛隊は青山通りに面している明治神宮外苑に部隊を展開、赤坂郵便局前交差点で七四式戦車を中心に砲撃を加え、赤坂御用地へと誘導した。そして作戦は予定通り機能する。

 赤坂御用地の真ん中、市街地に被害が及ばない所まで到達したところで、集められた自衛隊の重火器が一斉に火を噴く。怪獣の体は姿を留めないほどに破壊され、動かなくなる。こうして比較的早く、緊急事態は終了を迎えることになった。被害が懸念された新宿や渋谷という副都心は結局、無傷で済んでいる。

 怪獣によって破壊されたのは警視庁庁舎・警察総合庁舎と首都高速四号新宿線の一部区間、衆参両院の議長公邸の敷地が中心である。そのうち一番被害が大きかった警視庁庁舎・警察総合庁舎は東京都の施設であり、当面の業務こそ立川市にある代替施設や周辺警察署に機能を移転させることで対応できるものの、能力的には十分と言えない。警察サイドからは東京都財務局の設計で迅速に再建へとこぎつけたい意向が強かったが、都議会の決定により公開コンペによる設計公募となっている。首都高速については首都高速道路株式会社が国からの補助を受け復旧する方針で、既に工事が始まっていた。なお警視庁庁舎だけが大々的に破壊された理由は判っておらず、様々な憶測も飛び交っている。

 設計募集案は警視庁から上がって来た要望を基に、財務局が予算を考慮して条件を絞り込んだものだ。これまでの庁舎に存在した機能は維持され、かつ災害やNBC対策の充実が条件に加えられている。

「間もなく時間です」

「ああ、判った。──警視総監は?」

「既に到着しています」

 こちらに挨拶くらいしにくればいいものを。心の中でそう思ったが口には出さない。

 東京都第一本庁舎六階。ツインタワーが特徴的な建物の低層部分、記者会見場や記者クラブなど、マスメディア関係はその階に集中している。エレベータを降りるとそのまま記者会見場へと入り、カメラのフラッシュを浴びることになった。

「えー、それでは『警視庁庁舎・公開設計競技』について、簡単に説明させて頂きます。先月の巨大生命体出現により、霞ヶ関にある警視庁庁舎及び警察総合庁舎は再利用が出来ないほど破壊されました。現在は近隣警察署や立川市にある、首都直下地震対策で準備された代替施設によって本部機能は維持されていますが、各部署の連携には大きな支障があります。よって今回、同地に再建することに決定しました。詳細については警視総監に任せるとして、都知事の私からは簡単に要点を話させて頂きます。第一に、これまでの本部機能を維持すること。通信指令本部機能も維持します。第二として、防災機能の充実が挙げられます。免震ないし制震機能の充実、自家発電機の長時間化などがポイントです。また核・生物・化学兵器を使ったテロ対策を強化し、テロ行為を仕掛けるのが困難・もし仕掛けられても本部機能を維持できるような庁舎設計が求められています。第三に、環境への配慮が──」

 東京という大都市で起こった非常識事態だったのにも関わらず、たった一ヶ月で平静を取り戻している。それが違和感を感じさせていた。

おわり

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Five People 愛知川香良洲/えちから @echigawakarasu

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