第5話「二十分後」

「──繰り返しお伝えします。今日午後四時頃、東京都千代田区付近に巨大な生命体が出現しました。政府からの発表によると出現推定位置は皇居、現在は永田町駅付近にあると推定されており、青山通りに沿う形で西方向に進んでいるとのことです。このまま進むと巨大生命体は渋谷に到達すると思われます。東京都は次の地域に避難指示を出しています。全域に避難指示が出ているのは新宿区・渋谷区・目黒区・──」

 大阪市中央区・NHK大阪放送局十一階のNCAスタジオ。通常は関西ローカルのニュースを放送する場所だが、避難区域に入っているNHK放送センターの代替として現在は全国向けの災害報道を行っている。スタジオにはホワイトボードやJ−AREAT機器も持ち込まれ、報道フロアの集める情報と合わせ最新情報を提供できるよう体制を整えている。

「東京からの映像切り替わります!」

 隣接する副調整室で受話器に耳を当てていた男性が、周りに聞こえるよう声に出して言う。首都直下地震対策で準備されたアップリンク設備を使い、BSデジタル放送経由で各地の拠点局に送出している(関東広域圏の放送でも東京スカイツリーに設置された衛星アンテナからの映像を使用しており、放送センターを経由していない)訳だが、「素材」、特に東京都内に設置されたロボットカメラの映像はシステムや回線の都合上、放送センターでのコントロールに頼らざるを得ない。放送センターからは職員のほとんどが避難しているがその運用を行う最低限の人員(技術要員が中心)だけは残り、放送維持に努めている。中継車も活用してはいるが放送局側の設備が大阪放送局だけでは追いつかないため、設備に比較的余裕がある名古屋や福岡を経由している映像すらある。

「秋葉原映像が東京スカイツリー北西に変わるとの連絡。生命体の姿が確認できると」

「了解」

 映像の切り替えを行うスイッチャーが画面を見たまま返事をする。制作進行担当のディレクターがインカムを使ってスタジオに伝え、アナウンサーの横にいるアシスタント・ディレクターが白紙のニュース原稿にコメント用のフレーズを書き込む。ちなみに東京スカイツリーには高さ三七五メートルの第一展望台上に各放送局がそれぞれ三台ずつカメラを設置しており、三六〇度全てをカバー出来るよう体制を整えている。

「──以上の地域にお住まいの方は速やかに避難して下さい。落ち着いて避難して下さい。今回は通常と異なり、市区町村ごとに指定されている広域避難場所からの集団避難となります。避難は極力徒歩で行うようにして下さい。自家用車で避難する際は近所で乗り合わせて避難するようお願いします」

 ここまで読み上げた所でアナウンサーは手元のスイッチでマイクを切った。

「東京スカイツリーからのカットインが入ります。怪獣が映る可能性もあると」

「それでも落ち着いて、ですね」

 頷き、原稿を差し入れる。軽く目を通し、マイクのスイッチをオンに。フロアに置かれたディスプレイで切り替わったのを確認し、口を開く。

「画面は東京スカイツリーからの映像です。画面中央に黒い影が確認できます。なお避難所についての情報はNHKのデータ放送やホームページでも確認できます。繰り返しNHK大阪からお伝えします。──」

 実際の放送に乗ったのは遠景で、はっきりとした姿は確認できない。ただ東京でのニュース制作にも関わったことのある制作進行担当はふと疑問に思う。丸の内警察署屋上に設置されたカメラからなら、霞ヶ関に出現した巨大生命体を近距離で捉えられるのではないか。

 もちろん、放送センターに残っていたスタッフもそのことは知っていた。放送には乗せない形で記録されているのだから、知らなかった訳はない。しかし敢えて、それを送らなかった。当然理由がある。映像には映るべきはずの建物が欠けているのだ。それは警視庁。東京都警察の中枢が破壊され消え去った、その事実が治安に及ぼす影響は否定できない。もちろん警察組織としての警視庁はほぼ無傷で残っているのだが。映像を直接確認できない大阪放送局では疑問が生まれたまま、生放送が続けられる。

 一方、大阪放送局の報道フロアは情報でごった返していた。放送センターの取材・情報収集機能が分散して移転された、さいたま・横浜・千葉の放送局から送られてくる情報を整理するだけの人員が足りない。ニュース原稿のシステム自体は生きているが端末が不足しているため、とにかく持っている情報を入れていくという状況で重複も多い。また渋谷にサーバを持つシステムでいつ止まるか予断を許さないこともあり、重要な情報はプリントアウトしておく必要もある。その量が多くて原稿が山のようになり、探し出すのに余計な時間が掛かるという悪循環が形成されつつあった。

「川崎市が独自に避難勧告を出した模様!」

 原稿システムをチェックしていた記者が横浜放送局から流れて来た情報を見つけ、声に出して読む。神奈川県川崎市は避難指示が出された東京都府中市などと接している。また当初発表よりも南西方向に進んでいると見られるため、その判断は間違っていない。

「至急テロップ作成、原稿も出せ」

 報道部長が即座に許可を出す。

「了解です!」

 コントロールルームにつながる受話器を取って内容を伝え、パソコンを使って体裁を整えたニュース原稿に仕上げていく。十分ほどで完成し、近くのプリンターで印刷すると直接ニューススタジオに走る。

 フロアディレクターのチェックを受けた後アナウンサーの横にいるアシスタント・ディレクターに原稿を渡し、タイミングを見てアナウンサーに差し入れられる。その後すぐに副調整室に。

 字幕テロップが放送に乗ったタイミングで原稿が読まれる。

「ここで新しい情報が入ってきました。画面でもお知らせしていますが、神奈川県川崎市の災害対策本部は多摩区・高津区・宮前区の一部世帯に対して避難勧告を発令しました。繰り返します、神奈川県川崎市の災害対策本部は多摩区・高津区・宮前区の一部世帯に対して避難勧告を発令しました」

 自分の書いた原稿が無事読まれたのを確認して、記者は報道フロアに戻った。

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