第4話「二時間前」

「北西定点、異常ありません。これより監視業務を交代します」

 東京都千代田区北の丸公園、麹町警察署千鳥ヶ淵警備派出所。警視庁が所管する施設ではあるが、現在ここには陸上自衛隊練馬駐屯地の第一偵察隊を中心とする監視部隊が常駐している。対象は五ヶ月前に現れた、巨大な卵上の物体。

「吉川隊、一四〇〇時をもって東隊に業務を移譲します」

「了解。東隊、これより北西定点の監視業務を開始します」

 施設の屋上。迷彩服を着た男達が敬礼し、そのうち半数が降りていく。残ったのは三人ほど。一人は双眼鏡を手に、「卵」をじっくりと見回す。異常がないことを確認し、横の隊員に渡す。その後すぐに無線担当の隊員と会話し、新たな情報がないかの確認を行う。確認を行った後はすぐに戻り、一時待機。それを繰り返していき、チェックが万全に重ねられていく。

「にしても、怖いですね」

「ああ。──都民はもう、慣れきってしまったようだが」

「だから日本人は平和ボケとか言われてしまうんでしょうか」

「これだけの期間動きがなかったらマスコミも取り上げなくなるし、仕方ないだろうな。上が監視の終了を命令しないだけ、いいってもんよ」

 それからしばらく経った、十五時三十分。突然無線が入る。その無線を聞いた隊員が、監視を行っている隊員へと口頭で伝える。

「直近で監視している部隊より、『卵』の観測数値に異常が見られるとの報告。地震との関連は調査中。監視の強化が指示された」

 卵には振動や温度を感知するセンサーが設置されており、少しでも不自然な動きがあれば即座に伝わるようになっている。振動については皇居敷地内に存在する広大な森のど真ん中ということもあり交通の影響は小さいが、人間には感じ取ることの出来ない微小地震に共鳴した可能性もあるため、正式な判断は気象庁の分析を待ってからとなっている。

「市ヶ谷に待機している隊は動きますかね?」

「出動準備だけはするだろうな。正式な報告が上がってきてからの判断になる」

 同じようなことはこれまで何度もあったが、いずれも地震によるものと結論づけられ出動命令には至っていない。今回もまた何事もなく過ぎていく、そういった楽観的な認識は現場ですら持っていた。いや、情報が多く得られる現場だからこそ、一般市民よりも楽観視している面は否定できない。

 その頃、総理大臣官邸では危機管理センターの運用が開始され、関係省庁からの情報収集が進められていた。衆議院予算委員会に出席していた浜岡 武郎総理大臣をはじめとする閣僚達は官邸に戻り、詳細な分析結果を待つ。

「気象庁から情報が入りました! 当該時刻に影響を与えるような地震は観測されていないとのことです」

 五階の総理執務室。乱暴にドアを開き、書類を持った秘書官が駆け込んでくる。

「これは要警戒、かな」

 浜岡総理が座ったままふっ、と呟く。事態は深刻と言っても語弊はないはずなのだが、その態度には余裕がある。官房長官は立ち上がり、さらなる情報収集を指示。それに従い秘書官は総理大臣室を出た。

「しかし総理、懸念していたあの事態が起これば、ここも危ないのでは?」

「大丈夫だ、壊されるのは国会議事堂が鉄板だろ?」

「また怪獣モノですか……」

 「また」というのは、名古屋に巨大ウナギが襲来した時に、実質上初の対策会議となった安全保障会議を「巨大生物対策審議会」に喩えたことに由来する。もっとも、その時はゴジラに出てくるものと勘違いしていたが(実際はガメラ)。

「最近は大人向けに、リアルに作っているらしいぞ?」

「だから何だというんですか……」

「まあ問題ない、そのために地下施設というものがある。それに総理が怪獣ごときで逃げてちゃ、誰が日本を守ると言うのかね?」

 その一言を聞き、官房長官の顔が引き締まる。総理は本気だ。それを確認して。

「自衛隊情報本部より緊急情報です! 卵に急激な変動が発生中! 卵全体が膨張しています!」

「判った、JーAREATで避難命令を発表する準備を。対策本部は地下で立ち上げる!」

 先ほどの秘書官が新たにもたらした情報を聞き、総理が、政府が動き出す。

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