ムギさんと三羽のオウム

 ムギさんと僕が、カウンターでカフェ・オレを飲みながら本を読んでいると、喫茶店のドアが開いて、誰かが入ってきた音がした。マスターがその人に声をかける。

「おや、めずらしいね。こんばんは」

「めずらしいでしょ。こんばんは」

「何か飲むかい?」

「ええ、何か飲むわ」

 マスターの言葉を、繰り返しているような会話が妙におかしい。どんな人なのだろうかと思い、僕は顔をあげてびっくりした。それはオウムのクリッシーだったのだ。


「うわあ。クリッシー? あのテニスのピジョン杯で優勝した?」

「あら、こんばんは。ありがとう。そのクリッシーよ。マスター、カプチーノをお願い」

 マスターが豆を挽きに行ったので、僕はクリッシーに話しかけた。

「こんばんは。クリッシー。会えてうれしいよ。このお店のお客さんだったんだね」

「ええ、そうなの。ここはいろいろな本が読めるし、コーヒーも美味しいしね。ちょくちょく寄らせて貰っているのよ」

 実を言うと、僕は少しテニスをやっていた。きっかけは、近所のテニスコートに、ムギさんが遊ぶボールを貰いにいった事だった。そのとき、親切な人が誘ってくれて、たまにボールを打たせて貰っているのだ。最近では、ダブルスの試合に混ぜて貰う事もある。


「ねえ、クリッシー。実はこう見えて、僕もテニスをかじっているんだよ」

「あら、齧っているのね。素敵ね」

「最近では、たまに試合に混ぜて貰う事もあるんだよ。でも、なかなか難しいね。ねえクリッシー、テニスで勝つってのはあるの?」

「それは、なかなか難しい質問ね」

 クリッシーは、頭の上の羽飾りをゆらゆらと揺らして笑った。

「うーん。そうね。いろいろあるけれどもね、一番大切な事を教えてあげる。それはね、事よ」

「打ち返す事?」

 僕は思わず、をして聞き返した。

「あら、上手じゃない。そういう事よ。私の場合、試合中にラケットの振り方とか、打つコースとか、組み立てとかを考え出すとね、こんがらがっちゃうの。だから、まずは一生懸命に来た球を打ち返す事に集中するのよ。それが相手に打ち返されたら、またこっちも打ち返す。そうやって、目の前の球を相手よりも1球だけ多く打ち返せば、勝てるというわけ」

「なるほど。まさにオウム返しというわけなんだね。確かに、相手よりも1級多く打ち返していれば、ポイントになるものね。でも、やっぱり僕にはまだ難しいかもしれないなあ」

「ふふふ。頑張ってね。あんまり悩まずに楽しむのが一番だと思うわ」

「ありがとう。やってみるよ。でもやっぱり、クリッシーみたいには上手く打てないだろうけどね。ところでクリッシー、やっぱりクリッシーの家族は、みんなテニスが得意なのかい?」


 クリッシーは、を振って否定した。

「いいえ。テニスをやっているのは私だけよ。私も入れて、三人のきょうだいがいるんだけどね。私は一番下で、兄が二人。おおきいお兄ちゃんのマッキーはね……」

 そこまで言うと、クリッシーはひそひそ声になって耳元で囁いた。

「実は、悪名高い、のボスなの」

「ええっ!」

 僕が驚いて大きな声を出すと、クリッシーは口に手を当てて静かにするようにというジェスチャーをしてきた。

「ごめんごめん。でも、なんでまた、いたずらマフィアのボスなんかになったんだい」

「それがね、ある日、街のいたずらっ子が、マッキーに、ちょっとしたいたずらをしたのがきっかけなの。マッキーは、負けじとオウム返しになって、いたずらをし返したのね。そしたら、相手もまたいたずらを……。

 どんどんエスカレートしていって、お互いにいたずらの限りを尽くしたんだけど、最後に勝ったのはマッキーだったの。それが評判になって、いたずら界で有名になってね。さらに悪い奴らが、マッキーに挑戦するようになってきたの。マッキーはひたすらそれをオウム返ししていたらね、いつのまにか、悪い奴らのなかでトップになってしまっていたのよ。

 すぐに、”オウムのビッグ・マック”と言えば、知らない物がいないくらいの大物になっていたわ。そんなわけで、今では、いたずらグッズの80%を流している組織のボスに収まっているわけ。困ったものね」

 クリッシーは、カウンターに肘を突いて、ため息を漏らした。


「それはそれで凄いね。じゃあ、真ん中のお兄さんはどうなの?」

「小さいお兄ちゃんのケイはね、今は町長さんになっているのよ」

「へえ。良い人なんだね」

「ええ、凄く優しくて良い人なの。でもね、最初からそういうわけでもなかったの。ある日、たまたま、街の子が、ケイに親切な事をしてくれたのね。だから、ケイはそれをオウム返しして、その子に親切にしてあげたの。そしたら、ケイはなかなか良い奴だって評判になってね。いろんな人が親切にしてくれるようになったの。ケイもケイで、ひとつ親切な事をされたら、ひとつ親切な事を返していたのね。そうこうしているうちに、街のみんなに好かれるようになって、町長さんに推薦されるようになったのよ」

「へえ、そうなんだ。三人とも、全然違うんだね」

「全然違うの。なんでこんなに違うのかしらね。小さい頃はみんな一緒だったのに。私たちはオウムらしく、オウム返しをしていただけなのに、不思議な物ね」

 クリッシーは肩をすくめてカプチーノを口に運んだ。その姿を見て、思わずつられて僕もコーヒーを口へと運んだ。



 クリッシーが帰った後、ムギさんと僕はカウンターに残って話をしていた。


「クリッシーたちは、本当に皆ばらばらな道に進んだんだね」

「そのようだね」

「テニスでも、悪い事でも、良い事でも、そういう事をする人の周りには、そういう人が集まって来るのかな」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれないね」


 僕はふと、僕の周りの事を考えてみた。これからもずっとムギさんと仲良くしていると、ひょっとしたら僕の周りは、不思議な猫だらけになってしまうのだろうか。猫だらけの部屋を想像して、ちょっといいかなあ、なんて思ったけど、慌てて首を振って考え直した。

 隣の席では、ムギさんが尻尾をゆらゆらと振っていた。

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